はじめてブーン系小説を読む方は
こちらへどうぞ
見渡す限りの田んぼから少し山間に入った道に、軽自動車が一台、走っていた。
ナンバープレートは、一目でその土地から離れた首都圏で発行されたものと判る。
新緑に萌える山々、川のせせらぎ、そして時々ぽつんと立つ民家を背景に車は行く。
雲ひとつない晴天に風は爽やかで、開け放した窓から流れ入る草花の香りが車内を満たす。
途中の小道に入ると、タイヤに伝わる舗装された道路の振動が、砂利道のそれへと変わった。
がたがたする車体に、後部座席で横になっていた少年は目を覚まし、窓の外に流れる風景を見た。
ミ,,゚Д゚彡「起きたかギコ。もーすぐばーちゃんち着くぞ」
バックミラー越しに父親と目が合うと、少年は遠くに目的地の古い家屋を見つけた。
(,,゚Д゚)「おお、ばーちゃん元気にしてっかな。何年ぶりだっけ」
ミ,,゚Д゚彡「去年の夏休みに会ったばっかじゃねーかゴルァ」
ギコと呼ばれた少年は、そうだったっけ、と照れ笑いをして頭をかく。
やがて車は遠くに見えていた家屋の前に止まった。
サイドブレーキを引く音を聞くや、ギコは車を飛び出した。
父親はやれやれといった様子でその後を追う。
(,,゚Д゚)「ばーちゃん! ばーちゃん! 来たぞゴルァ!」
引き戸を無視して、開け放しの縁側から身を乗り入れて叫ぶと、きしむ廊下から老婆が現れた。
ギコの笑顔が弾ける。
(#゚;;-゚)「いらっしゃいギコちゃん、おおきくなってまあ。フサもお帰り」
ミ,,゚Д゚彡「おう、お袋ただいま。ほれ、ギコ荷物運ぶから手伝え」
フサはギコの頭越しに母親に挨拶してから、眼下にある小さな頭を小突いてそう言った。
ふくれっつらでギコは見上げるが、老婆の言葉を聞いて、ぱっと誇らしげな顔になる。
そろそろギコちゃんはお兄ちゃんになるから、重い荷物もへいちゃらだね、と。
胸を張って、ちからこぶを作るように腕を曲げ伸ばしするさまは、フサをにやりとさせた。
二の腕は盛り上がるそぶりもないが、それに幼い頃の自分を重ねたのかもしれない。
二人は、彼らにとって懐かしい香りのする居間へとスポーツバッグを運んだ。
嗅覚で、というより全身で感じる、昔の記憶をかきたてられるような古い建物が持つ特有の香りだ。
ギコは父親と無意識に深い呼吸をしていた。
老婆がお茶請け、急須や湯のみをお盆にのせて入ってくる。
(#゚;;-゚)「まー長旅ご苦労さん。ほしいもとみかんくらいしかないけど、お茶でも淹れるで」
(,,゚Д゚)「ほしいも大好きだぞ!」
ミ,,゚Д゚彡「俺も好きなんだから全部食うなよ!」
しゃがれた声で、いっぱいあるからと、にこやかに急須を傾けるギコの祖母は、
二人の格闘を間に追加の芋を置くことで中断した。
彼女はねぎらいの言葉から彼らがほしいもに満足するまで、孫の話に耳を傾けていた。
最近楽しかったこと、面白かったこと、流行っている遊び、誰が誰のこと好きだ、父親の足が臭い、
母親と遊びたい。
まとまりのない、拙い話へ楽しげに相槌を打ち、時としてちょっとした質問を投げかける祖母、でぃ。
すると、ギコは嬉々として身振り手振りをふんだんに織り交ぜた説明を始めるのだった。
フサも時に笑い、時に怒りながら、会話に加わった。
三杯目のお茶と、ほしいもの入った皿がすっかり空になる頃、空は茜色に輝く刻を迎えていた。
その日の夕餉には、具沢山の豚汁と野菜の天ぷらが山と食卓に並んだ。
騒がしくギコと天ぷらの取り合いをする最中、フサはほとんど手をつけていないでぃの皿を見て、
密かに悲しそうな顔をした。
しかし、何も言葉には出さない。出せなかった。
(#゚;;-゚)「夜は冷えるで、あったかくせんとかんよ」
親子が食器の片付けをしていると、風呂の準備をしていたはずのでぃが半纏を二人に差し出した。
片方は濃紺の格子模様が入った大人用のもの。もう一方は真っ黒な小さいものだ。
(,,゚Д゚)「おおおお! かっけー! ブラックだー!」
ミ,,゚Д゚彡「わざわざ新しいの作っておいてくれたのか」
(#゚;;-゚)「二人とも体つき変わってきたと思ったでね」
特にあんたはこの辺が、とでぃはフサの出始めた腹をぱつーんと叩く。
うるせえ、と苦笑いしながらも、着てみると胴回りがフサには丁度良かった。
(,,゚Д゚)「あれ、ちょっと短いぞばーちゃん」
(#゚;;-゚)「子供は背がすぐ伸びるねえ」
(,,゚Д゚)「じゃあじーちゃんになると縮むのか?」
それを聞いてでぃは声を上げて笑った。フサもつられて笑う。
古い給湯機は熱湯か冷水しか出せず、そのため湯船はかなり熱かった。
ギコがかけ湯をすると飛び跳ねたほどだ。
水で少しずつうめて、我慢すれば入れるくらいにまで冷ますと親子は狭い風呂釜に収まった。
ぼけた電球の光が蒸気に包まれ、つややかな青い壁タイル、灰色のざらついた床が
柔らかい光を反射している。
丸まった石鹸、それに小さな腰掛と黄色い風呂桶
―ケロリンと赤く底に書かれてある―が変わらずそこにあった。
ミ,,゚Д゚彡「ギコ、ばーちゃんがウチ来るって言ったらどう思う」
(,,゚Д゚)「ばーちゃんウチに来るのか!? いつ!?」
ミ,,゚Д゚彡「もし来るって言ったら、嬉しいか」
息子が嬉しい! と叫ぶことなど聞かなくても分かっていたことだった。
――世話になるわけにはいかないから。
世話とか迷惑とかいいんだよ。
――ほら、お父さんの言葉があるがね。
(,,゚Д゚)「とーちゃん、頭洗うぞ!」
ミ,,゚Д゚彡「お、おう」
湯の熱さに負けて湯船から立ち上がったギコは、赤くなった体で父親に声をかけた。
ミ,,゚Д゚彡「ほれ、サイヤ人!」
(,,゚Д゚)「俺も! 俺もやって!」
泡立てた髪をいじくりながらも、フサは電話口で聞いた落ち着いた声を、思い出していた。
(,,゚Д゚)「ばーちゃん風呂あいたぞー」
(#゚;;-゚)「はいはい、ありがとう」
老眼鏡を外すと、繕いものを置いて立ち上がったでぃは、そのまま風呂場へと向かう。
ギコは明日はばーちゃんと一緒に入るから、と言ってリュックの中から携帯ゲーム機を引っ張りだした。
ゲーム機の音が聞こえ始めて数分、携帯電話の着信音がする。
フサがしまった、という顔をして脱いだ上着のポケットを探る。
ミ,,゚Д゚彡「もしもし、すまん連絡忘れてた。昼過ぎにこっち着いた。お袋も元気そうだよ」
『今回は何に夢中だった?』
ミ,,゚Д゚彡「……ほし、いも、です。おいしかったです、ごめん」
『あーずるいな。虫取りに没頭されるよりは許せるけどさ。ちょっと分けてもらってきてよ。それで――』
わかってる、それは今晩必ず話すよ、と答えたところでようやくギコが父親の様子に気づく。
会話する声を潜めていたわけでもないので、随分とゲームにのめりこんでいたようだった。
(,,゚Д゚)「かーちゃん? 元気? 代わって代わって」
半ばもぎ取られるようにして電話を代わると、ギコはにこにこしながら報告を始めた。
それが一旦済むと、今度は母親に問い始める。
(,,゚Д゚)「まだ赤ちゃん生まれないよね? 大丈夫だよね?」
本当に心配そうに聞くので、フサは電話を奪われた時のことを許してやることにしたようだった。
その手はひっかかった爪で若干血が滲んでいたのだが。
(#゚;;-゚)「ふぃ、ごぶれいしました」
ミ,,゚Д゚彡「お茶淹れたけど飲むか? ここくる途中生せんべい買ってきたんだけど」
(#゚;;-゚)「良いね、頂こうかね」
風呂上りの頭を拭き拭き居間へと戻ってきたでぃに、フサは土産のお茶菓子を勧めた。
ギコはというと、ゲーム機の電源を切る前に、睡眠のスイッチが入ってしまったようなので、
すでに布団へと運ばれている。
しん、とした部屋に振り子時計の音と安らかな寝息だけが響く。
時折、家の外で風が木々を撫でている。時折、家の内で人がお茶をすすっている
湯のみを口元で傾けながら、フサは切り出す機会を見計らっていた。
しかし、その空気を感じとっていたのか、でぃが先に口を開く。
(#゚;;-゚)「私はね、フサ、あんたが言ってることはよく分かってる。気持ちも嬉しいよ」
でもね、と彼女は湯のみを置いてから続ける。
(#゚;;-゚)「他のところは、私にはいらないものが多すぎるが」
ミ,,゚Д゚彡「……」
フサは黙って、あぐらをかいた脚の間に手を突く。
落ち込んだ時、考え込んだ時のうつむいた顔は、子供の頃から変わらないな、とでぃは思う。
(#゚;;-゚)「昔から言ってたことでしょう」
ミ,,゚Д゚彡「覚えてるよ。言わなくても分かってる」
(#゚;;-゚)「それをギコちゃんにも、これから生まれてくる子にも、覚えてもらえたらそれで思い残すことはないでね」
※
翌日は朝からフサの旧友を訪ねることが主たる目的となっていた。
朝日と共に起き出して、焼き魚と味噌汁、ぬかづけを丼飯でもりもり食べた二人は、早々に車に乗り込んだ。
皆、健康そうで、幸いなことに一人も欠けることなく、その地に留まった同窓の朋輩と会うことができた。
ギコと近い年頃の子供を持つ友人の宅では、少し長居することもあった。
今晩飲もうぜ、という誘いを背に受けて、運転席から手を振り応えるフサ。
またねー、と叫び合いながら短時間でも親友となった子供に、助手席から身を乗り出して応えるギコ。
そんな二人の姿が何度か繰り返された。
行く先々で待ち構える、歓迎に西日が空を染める頃、二人は少し疲れたようだった。
(,,゚Д゚)「ヘリカルちゃんに結婚してくれって言われちまったぞゴルァ」
ミ,,゚Д゚彡「じゃあ小学校にいるあの子とは結婚できねえな」
(,,゚Д゚)「ヘリカルちゃんにはごめんなさいしたから大丈夫!」
(#゚;;-゚)「ギコちゃんはお父さんと違ってモテるねえ」
とーちゃんとは違うからな! うるせぇぞゴルァ、という掛け合いがでぃを微笑ませた。
夕飯の途中ででぃは、意味ありげにフサに目配せしてから、こう言った。
(#゚;;-゚)「フサ、あんたの友達に飲みに誘われてるでしょう? いってらっしゃい」
何かを言いかけたフサだったが、でぃがちらりとギコを見たので、首を縦に振る。
ミ,,゚Д゚彡「分かった、それじゃまーそのまま泊まりになるな。田舎で飲酒運転は色々洒落にならないから」
フサは三人分の食器を洗い終えると家を出た。
(,,゚Д゚)「げー、とーちゃん酒飲んだ次の日は足も口も臭いから嫌いだー」
狭い浴室で背中を洗われるギコは、父親が出かけていった理由を理解するとそう漏らした。
彼の背後では祖母がへえ、と声を上げる。
(#゚;;-゚)「あれま、そんなにいつも足が臭いのかね?」
(,,゚Д゚)「納豆を腐らせたニオイがする」
おじいちゃんも時々本当に臭かったんだよ、とでぃは笑う。
じーちゃんはどんな人だったか、と聞くと、彼女は遠くを見つめるようにして微笑んだ。
(#゚;;-゚)「言葉にするのはむつかしいねえ」
体に付いた泡を流してやり、二人で銀色の浴槽に収まると、でぃは再び口を開いた。
(#゚;;-゚)「おじいちゃんには大事なことを教わったんだよ。ギコちゃんにも教えてあげよう」
聞こえない目覚まし、写らない鏡、消えた写真、のこと。
酒盛りの席ではフサが周囲の旧友にクダを巻いているところだった。
車座になった人々はすでに顔を赤くし始めていて、卓上には空いたビール瓶が何本か転がっている。
ミ,,゚Д゚彡「でよ、親父の台詞の引用なんだよ。いっつもだぞ。俺は本当ただ心配してんのによぉ」
「あれか? 頑固な感じの親父さんがポリシーにしてたヤツ」
対面の髪を刈り込んだ、黒い肌の男が尋ねる。
すると、いいやそれどころかだな、とフサが続けて、
ミ,,゚Д゚彡「感じじゃねえよ、結構普通に頑固だったよ」
「お前しょっちゅう怒られてたよな」
「末っ子だったけど甘やかしとか一切無しだったからね」
始めの男の隣に座ったメガネの男が相槌を打つ。
メガネを取り、上気した顔を手であおいでから、彼はフサのグラスにビールを注ぎ始める。
「でもフサから僕が聞いたその話さ、今でも時々思い出すよ」
軽く手を上げてメガネの男に礼をすると、フサはグラスを受け取った。
泡が静かな音を立てて消えていくさまを眺めて一人ごちる。
ミ,,゚Д゚彡「にしたって、『消えた写真』のネガがいつまでも作れるわけじゃねえだろ……」
「うっひょひょひょひょ、一番! 健二郎! 豊作の神と相撲とります!」
斜向かいに座っていた七三分けの痩せた男が、パンツ一枚になり庭に飛び出す騒ぎでそれは飲み込まれた。
見えない神様に上手投げされた健二郎の体が、土に汚れるのを見てフサも少し笑った。
※
翌朝、ギコは雨戸から漏れた朝日を受けてすぐに布団を抜け出し、自分の調子を細かに確認しだした。
風邪はひいてない、よく眠れた、お腹が空いている、と呟いてから台所へ向かう。
野菜を刻む音を聞きながら、焼き魚の香りをかぐ。
外では鳥がさえずっていて、おそらく空はまだ薄い水色なんだろう。
きしむ廊下の薄暗い中を、全てを全身を使って感じようとしている。
(,,゚Д゚)「おはようばーちゃん!」
(#゚;;-゚)「あら、おはよう。もしかして早速『写らない鏡』試しとるんかね?」
(,,゚Д゚)「おう、今日も元気で腹が減ってて、おねしょも全然してない!」
それは良かった、とでぃは笑って、すぐに朝ごはんができるからね、と続けた。
ギコはそれを聞いてすぐに食器をちゃぶ台に運び、何かやることはないか、と尋ねる。
祖母は礼を言って、指示を出した。
朝餉を始めようという頃、玄関先で砂利がきしむ音がした。
ミ,,゚Д゚彡「おふぁ、よう、ごじゃあます」
(#゚;;-゚)「口が臭いのはホントだが。ろれつもまわっとりゃせんし」
(,,゚Д゚)「でしょ? とーちゃんの靴は玄関の外に出しといたほうがいいよ」
十時過ぎ、フサとギコはでぃの住む家から、スポーツバッグを運び出していた。
携帯電話でこれから帰宅する旨を妻にメールで伝えると、フサは玄関に立つでぃを振り返る。
ミ,,゚Д゚彡「お袋、また今度はもう二人連れてくるからな。なんか茶菓子のリクエストあったら言ってくれよ」
(#゚;;-゚)「まあ気ぃつかわんでもええがね。寅屋のようかんよろしく」
ミ,,゚Д゚彡「お、おう」
そんなやりとりの間、ふうふう言いながら荷物を積み込んでいたギコが、でぃの元に走り寄る。
割烹着に抱きついた彼の目は、瞬く間に涙で潤み始めた。
(,,;Д;)「ばっちゃ、うえっ、ばー……ちゃん! 絶対、うぐっ、すぐまた来るからな! 待っててな!」
服に涙の染みができるのも気にせず、でぃは孫の頭を抱きしめる。
そうだねえ、ありがとうねえ、と呟いた彼女の顔は幸せそうだった。
しかし、少ししてからギコの顔を持ち上げて目を合わせて言う。
(#゚;;-゚)「でも違うがねギコちゃん、『消えた写真』見たらいつでもどこでも繋がっとるんだよ」
ギコは、はっとした表情になって目元を乱暴にぬぐうと、にっこり笑って、しかし鼻声で応えた。
(,,゚Д゚)「分かってるよばーちゃん」
手を振る老婆を残して、軽自動車は砂利道を進んだ。
もと来た道を引き返す時、悲しみでまた会う時までの時間が寂しくないよう、
車内の二人も笑って手を振り返していた。
でぃの目元には光るものが溜まっていたが、彼女はそれを必死で隠していた。
※
o川*゚ー゚)o「おばーちゃんにも早く会わせてあげないとね」
ミ,,゚Д゚彡「すまんな、お袋を連れて来られなくて」
フサは、赤ん坊に乳を与える女性に頭を下げる。
柔らかい色調の病室には、彼らの他にも産後の女性がおり、声は抑えめだ。
o川*゚ー゚)o「ううん、おかあさんの意思を確かめてくれただけで良かったんだよ。無理強いはしたくないでしょ?」
乳を飲み終えた赤子の背中をさすり始めた女性、キュートは首をふりふり答える。
その言葉にフサが再び、すまんと答えようとすると騒がしい声が病室に入り込んできた。
(,,゚Д゚)「おつかいできたぞかーちゃん! とーちゃん、コーヒーこれでいいか?」
両手に抱えた缶飲料を少し持ち上げて、誇らしげな顔をする。
o川*゚ー゚)o「ありがとうねぎっこー、でも、周りのお母さん達も赤ちゃん達もびっくりしちゃうから、少し”しー”ね」
口元に指を当ててキュートが片目をつむると、少年ははっとして口をつぐむ。
フサが周りの女性達へと申し訳なさそうに頭を下げるも、彼女らは病室内で見る何度目かその光景を
穏やかに見守っていた。
キュートの胸に抱かれた赤ん坊は、小さくげっぷをしてその場に存在を示す。
ミ,,゚Д゚彡「ところでな、キュート。考えてたんだよ」
o川*゚ー゚)o「なあに?」
ギコがちょっと元気すぎるから、とフサは呟き、
ミ,,゚Д゚彡「この子の名前なんだけど――」
※
(#゚;;-゚)「そーかね、名前決まったかね。キューちゃんは元気?」
『ああ、経過も順調、もう退院できるってさ』
(#゚;;-゚)「そっちのお義父さんお義母さんに迷惑かけて悪かったね」
『またお袋は迷惑とか言い出す。もうそういうのやめとけよな』
少し型の古い電話機の前で、でぃは苦笑する。
息子に指摘されて口癖になっていたことを気づかされたようだった。
『こっちが落ち着いたらそっち行くから。キュートがこないだのほしいも食いたいってうるさいんだ』
(#゚;;-゚)「フサもようかん忘れんでね」
電話の回線を挟んで、親子は笑いあう。
ところで、と言う声をでぃは聞く。
『親父の話、ギコにしたんだろ?』
(#゚;;-゚)「さて、ね」
『消えた写真増やしに行く、って毎日朝っぱらからうるさいんだ』
(#゚;;-゚)「そうかね。ふふふ」
『だからさ、お袋。しぃと一緒の消えた写真作るためにもさ』
長生きしろよな。
※
軽自動車が街中を走っている。
後部座席では、少年がベビーシートに寝かされた妹に話しかけていた。
(,,゚Д゚)「じーちゃんはすごく変だったんだぞ、しぃ」
(*゚ー゚)「あぶ」
ギコは胸を張りながら、ばーちゃんに聞いたんだ、と言って語るに落ちていた。
(,,゚Д゚)「まず、目覚ましなんかいらないんだぞ。お日様が昇ったら朝だって分かるって言って
寝坊なんてしたことないんだ」
助手席では彼の母親がくすくすと笑う。
運転席では彼の父親が耳を傾けている。
(,,゚Д゚)「聞こえないけど確かに目が覚めるから、すごいよな」
うんうん、と頷いて続ける。
(,,゚Д゚)「それに鏡だって、ちゃんと自分のこと分かってたら本当はいらないってじーちゃんは言ってたって」
(*゚ー゚)「あううえぶ」
(,,゚Д゚)「写真なんかもいらないって言ってたんだって。変だよな!」
興奮した声がわくわくしたようにそう言うと、ちょうど車は赤信号で一時停止した。
キュートが振り返って、口元に微笑みをたたえたままギコに尋ねる。
o川*゚ー゚)o「変かしら?」
(,,゚Д゚)「変だけど、でもなんかカッコイイ!」
歯をむき出して笑う息子の様子を、フサはバックミラー越しに見つめていた。
***
煤で頬を汚したもんぺ姿の女性が立ち尽くす眼前で、人々が荷車に使える家具を積んで運んでいった。
これまで降り続いた銃弾は止んで、嘘のように空はからりと晴れていた。
「どうしましょうか、これから」
「さあてな」
頑健そうな男性は焼け野原となった町の、廃墟となった自分の家を探っていた。
すすけたゲートルが踏み分ける足元には、壊れた柱時計や砕け散った窓、鏡。
吹き飛んで焼け焦げてしまった箪笥の上には、写真立てが置いてあったはずだ。
防空壕から抜け出した彼らは、そんな小さな彼らの家を思い出していた。
女性がぼんやりとしてため息をひとつ、ついた。
「おや、良いものが残ってるぞ」
男性は瓦礫の中から木枠を取り出し立てた。
「まだ使えるじゃないか、これ」
その言葉に女性は首を傾げて、何も言えないでいると、男性が手招きをしてその前に立たせた。
そうしてから、天を指差し口を開いた。
それにあれも使えるだろう、と。
女性が見上げるとその先には雲ひとつない空に浮かぶ、まばゆい太陽があった。
「物なんてなくなっちまっても構わないのさ。見ろ、この鏡を。
俺は健康で、腹も減ってて、五体満足だって分かるぞ」
男性は女性の首を木枠に戻すよう、頭に手を添えると、そう言った。
耳元に聞こえる優しい声を聞いて、女性は、隣に立つ夫がきっと白い歯をむき出して笑っていると思った。
「時間なんてお天道様が教えてくれるさ」
「そうですね」
「空が明るけりゃ目が覚める時間。暗くなったら晩飯を頼むぞ」
「わかりました」
「写真がなんだ、かっこつけた思い出ばっかりしか写ってないじゃないか。消えたはずのここの」
男性はこめかみをこつこつと人差し指で叩く。
「沢山のその瞬間が本当に良い写真だ、そうだろ?」
「ええ、そうです」
「お前がいて、ここに生きていられるだけで最高の気分だ!」
女性は涙を浮かべながら、口元に手をやって首肯した。
二人が大切なものを隣に感じあっていた瞬間は、胸の中のアルバムに大切にしまわれた。
***
(#゚;;-゚)「ん」
でぃは歪んでしまった木製の雨戸から漏れ入る朝日に体をもぞりと動かした。
そして布団から出ると、窓を開け日光を畳張りの部屋に取り入れる。
仏壇も開けて、位牌にもその光を当ててやる。
(#゚;;-゚)「おはようございます、お父さん」
彼女は習慣となって久しいそれをしっかりとこなし、少なめのおかずと麦飯を朝食とした。
昼はもっと多く作って、そうだ、頼まれていたほしいもも冷凍庫から出しておかなければ、と彼女は考える。
砂利道がタイヤにきしむ音が聞こえる前に準備はきちんとしておきたい。
特に、小さな子供を四人乗せた軽自動車が玄関前に来る前には。
簡単な食事を済ませ、玄関の前に打ち水をするでぃ。
周囲は蝉時雨に溢れ、今日も暑くなりそうだ、と彼女は思った。
「ばーちゃーん」
(#゚;;-゚)「あらあら」
どうやら、あちらの準備の方がもっと早かったようだ、と老婆はしわの刻まれた顔で笑う。
終
この小説は2009年2月24日ニュース速報(VIP)板に投稿されたものです
作者はID:JBRntFCt0 氏
作者がお題を募集して、それを元に小説を書くという形式のものです
お題聞こえない目覚まし
写らない鏡
消えた写真
ご意見等あれば米欄にお願いします