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('A`)の帰り道


はじめてブーン系小説を読む方はこちらへどうぞ




夜の散歩。
それは既に日課になっていた。
昼間外にでない代わりに、夜こうして徘徊する。
夜間徘徊なんて、老人みたいだと、自分を嘲笑った。最初だけ。
けれど、夜の闇は、眩しすぎる昼間の太陽よりも優しく、ほんのり涼しかった。

だから、それは日課になった。
それだけのこと。

そして、ほとんど誰とも出会うことなく…時には、見知らぬ、近所に住んでいるらしい人間とすれ違いながら、通り過ぎていく。
全ての知り合いに内緒なこの時間が、心地よかった。

月明かりの照らす道を歩くのが、好きだった。


20080117051700.jpg




帰り道、知ってる?

そんな声が、自分の胸の辺りから聞こえてきた。
俺はあんまり大きくなかったから、子どもだろうとあたりをつけて、下を見る。
…今は、子どもが出歩いていい時間ではなかったと思うけれど。

案の定、そこには子どもがいた。
大きな目で、まだこの世界の汚れに触れたこともないような、澄んだ美しい目だった。
思わず見とれながら、首を傾げる。
彼女の言葉に。

忘れちゃった。帰り方。

小学生高学年の見た目。
けれど、口調も目の光もまだあどけなくて、ちょっと眩しい。

…迷子か? と尋ねると、その女の子は首を振る。
良く、わからなかった。
でも、不思議と疑う気にならなかったのは、その目があまりにも澄んでいたせいだろう。

わからないなら、歩いてみようか。
何か、手がかりを思い出せるかもしれないぞ、と提案すると、女の子は首を傾げる。

…とって食いはしないよ。


女の子は、俺のすぐ横を無言で歩く。
どうせ散歩もはじめのほうだったので、散歩コースにしたがって歩く。
お互いに何もしゃべらない。喋る必要が感じられなかった。
女の子が喋って欲しそうにみているわけでも、俺が喋らなければいけないと思ったわけでもない。

だから、沈黙で答える。
ずっとずっと、沈黙だけで、沈黙に答えてゆく。

…おかあさん。

ん?

おかあさんは、知ってる?

女の子は、不思議な声で俺に尋ねてきた。
喜怒哀楽のいずれもありはしない、ただの好奇心のように思う。
歩く足は止まらない。
そのまま、何の気なしに答える。

家に一人いるぞ。親父は知らない。最初からいなかったんだって、笑ってたけどな。

女の子は、そう、とだけ答えて、再び沈黙した。

質問の意図が、読めなかった。
そのまま、俺も合わせて沈黙する。

女の子が右手を伸ばして、俺の左手を掴んだ。


折り返し地点のコンビニで、俺はアイスを二つ買った。
いつもは一つしか買わないけれど、今日はこの子がいる。
だから、ちょっとした贅沢のつもりで、彼女に一つ、モナカタイプのアイスをあげた。

女の子は、開口一番に、

さむいよ?

と、疑問系の短文を放つ。

俺はそれに知ってる、と答えて、

でも夜に食べるアイスは昼に食べるアイスとは、違う味がするからな。

些細で、なんでもない豆知識を披露した。
夜を漂う俺しか知らなかった秘密を、一つ打ち明けた気分だった。

どうちがうの?

珍しく、女の子は更に問いを返した。
俺は首を捻る。違いがあることは知っていても、違いを考えた事は、あまりなかったからだ。
考えて、考えて、考え抜いて、やっと出た答えは、どうしようもないくらいチープだった気がする。

そー…だな、昼間のアイスは優しくて、夜のアイスは…うん、甘いんだ。

よくわからないそんな言葉に、女の子は納得したように、アイスにかじり付いた。

あまいね。

だろ?


こんなに寒い時間でも、握っているから、アイスは徐々に溶けてゆく。
俺は溶ける前に食べきっていたけれど、女の子はマイペースに食べていたから、そろそろ手にこぼれてしまいそうだった。

あ、あー、あ、溶ける溶ける溶けてるぞ?

慌てて口を挟む。
でも、女の子はゆっくり、ゆっくりとアイスを食べる。
芋虫が這うように舐めていく。それは恐ろしくスローだった。
こぼれたアイスが、滴っていく。

だいじょうぶ。

女の子は、なんでもないようにモナカをかじって、

もっとかなしいこと、しってるから。

俺は、何気ないその言葉に、世界に縫い付けられたような錯覚を覚えた。

アイスは溶けてゆく。
彼女の手を伝いながら。
地面に少しずつ滴りながら。

俺のうちの前に辿り着くのとほぼ同時に、女の子はモナカを食べきった。
でも手はアイスでべとべとで、地面に置いたらものの五分で蟻で一杯になりそうな有様だった。

どうするべきか悩んでいたら、ふと、視界に小さな公園が映る。

手洗い場だ。

俺は、幸いとばかりに女の子の手首を掴んで、あまり負荷をかけない程度に引っ張る。
女の子はきょとんとした目で俺を見て、手洗い場に辿り着くと、たった今自分が思いついたように手を洗った。
濡れた手は、そのままにすると寒そうだったけれど、彼女は自分のハンカチを取り出して丁寧に拭いていく。
ほぼ無地の、真っ白なハンカチだった。

…なあ、どうする? 俺、自分の家についちゃったんだけど。

女の子は、ハンカチを仕舞うと俺を見上げた。
最初と同じ、汚れとか、穢れとか、そんなものとは無縁な無垢の光を湛えながら。

まだ探すか? 俺は構わないぞ。君の帰る場所が見つかるまで、付き合ってやる。

幸い暇だからな、と、俺は気が付けば、照れ隠しのように付け加えていた。
何故そんな事を思ったのかは、わからない。
けれど、この子といれば、ちょっとは優しくなれた気がした。
何故だろう?

女の子は、いい、大丈夫、と呟いて、

あなたは帰る場所、知っているから。

初めて、しっとりと優しく、俺に言った。


あなたは、知っているでしょ?
自分の帰る場所、知っているでしょ?
だから大丈夫なの。
私は、あなたが帰る場所知っていれば、それでいいの。

俺は何も言えない。
ここにきて初めて饒舌に語る女の子に、何もいえない。

大丈夫。

そんな言葉に、俺は、ちょっとだけ切なくなって、反論する。

…知らないよ、そんなの。
俺は、帰る場所なんて知らない。
三人の家なんて、知らない。
あの家には、かあちゃんしかいない。
もう三人の家には帰れないんだよ。
だって俺、知らないから。
親父がまだいた頃なんて、俺は、知らないから!

いつしか、俺はそんな風に叫んでいた。
近所迷惑なんて言葉は、吹っ飛んでいた。

指摘されて、つつかれて、
気付いてしまった心の隙間が、哀しくて。

でも、女の子は優しく微笑んで、

大丈夫。

と、俺を励ますのだ。

あなたは、おかあさんがいること、知ってる。
おとうさんがいたこと、知ってる。
アイスが、昼間は優しくて、夜甘いことを知ってる。
アイスが溶けて、流れるのが哀しいって、知ってる。
それは、やっぱり哀しいことだけれど、

女の子は、眉尻を下げて困ったように笑った。

世界には、もっと哀しい場所があるの。
それは近くて遠くて、歩いても行けるけど、人が発明したジェット機やロケットでも絶対に届かない場所にある。
近すぎるから、時々人が落ちてくるの。
元いた場所から、足を踏み外して。
元いた場所から、逃げるように。
元いた場所を、なくして。

そして女の子は、笑い顔に戻って、

でもそこは、やっぱり哀しい場所なの。

笑い顔のまま、涙を流すのだ。


俺は、ここに来てなお、彼女に疑問を抱かない。
それどころか、根拠のない信用まで抱いている。
まるで、溶かされるような優しさを、確信している。

だから、皆は前へ進んでいくの。
哀しい場所は、やっぱり哀しいから。
優しい場所に帰りたいって、皆が思うの。
だから前へ進むの。
あなたも、他の誰もが、きっと。

女の子は、優しい光に誘われて天を見上げた。
俺も釣られて、空を見る。

あなたたちは、知っている。
優しい場所を知っている。
だから、そこへ帰るために、前へと歩いていくんだよ。

満月が、俺たちを優しく照らしている。
その柔らかな光に溶かされるように、俺もまた優しく微笑んでいる。


俺も、帰れるかな。

言葉が、自然と口をついてでてきて、
それを聞いた満月が、微笑んだような気がして、



私がいつでも照らしましょう。
あなたの、優しい場所への、帰り道―――――。




('A`)の帰り道   ~fin~





この小説は2007年1月23日ニュース速報(VIP)板に投稿されたものです
作者はID:3iXJZthf0 氏



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[ 2010/01/02 11:03 ] ナギ戦記 | TB(0) | CM(0)

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