はじめてブーン系小説を読む方は
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初めて人を殺したのは、十五歳の誕生日だった。
俺は男を埠頭まで呼び出した。
なんとも裕福そうな身なりをした男だった。
恰幅の良さそうな体型。良質そうなスーツ。
俺はゆっくりと、歩を進め、男と二人、誰もいない闇夜の埠頭へと進んだ。
そして躊躇することなく、男の後頭部を、一撃。
鈍い音がして、男はコンクリートの地面に顔面を叩きつけた。
うぼ、と醜い悲鳴があがる。だが俺は容赦しなかった。
容赦したら、自分がやられる。
誰に? この男が俺に対して抵抗することがありえるだろうか。
否、そういう問題ではない。
俺がこの男を殴殺する手を緩めたら、どうなるか。
よくわかっているさ。だから俺は、ひたすら殴り続けた。
五分後、俺は人殺しになった。
('A`)「――ぷはぅ」
情けない声と共に、タバコを吹かす。
誰がなんと言おうと、このかけ声だけは止められない。
初春だ。
風は心地よいし、鳥達も楽しそうにさえずっている。
町行く子供達は笑いながら走り抜けていく。
小学生ぐらいだろう。俺の身長の半分ぐらいしかないように感じる。
実際俺の身長は百八十だから、半分というのはいささか誇張が感じられるが。
ぐりぐり、とタバコをスタンド式の灰皿に押しつける。
俺はそこで火を消してから、中の水に吸い殻を落とした。
ジュッ、という音。
('A`)「命の蝋燭も、こんな音がするのかな」
俺は苦笑した。
タバコは一日一本。そう決めている。
町行く人を眺める。
誰もが、自分の生を謳歌している。
死のことなんて、誰も考えてやいない。
俺は、手首をくいっと捻る。
ナイフを持った気持ちで手刀を構え、架空の首筋にそっと刀身を当て、くいっと捻る。
('A`)「ジュッ、っとな」
俺の手刀は空を切る。
子供の一人が俺の行動に気づき、首を傾げた。
('∀`)「ほら、兄ちゃん達がいっちまうぜ?」
あせあせと、子供は前方を走る兄たちを追いかけた。
その姿は、実に可愛らしいものだった。
まるで、退廃した大都会に健気に咲く、タンポポだ。
('A`)「タンポポ以外に花の名は知らない」
虚しさが去来し、俺は埠頭をあとにした。
本日の任務を、拝命するために。
傭兵。
古くは古代ギリシャや、古代中国にも遡れる。
英仏間百年戦争などでは、大いに活躍し勇名を馳せたらしい。
そんなことは俺はよく知らない。
歴史なんて、中学で習って以来だ。
詳しいことは知らない。
大昔の中東や、中国、ヨーロッパがどうだったのか。
正直あまり興味を持てない。
歴史に興味がある、という奴がいたら是非話してみたいものだ。
俺が完膚無きまでに論破してやる。
この、"傭兵"ドクオがな。
('A`)「さて、第八○一倉庫」
俺は目の前の大きな倉庫を見上げた。
埠頭から少し離れた地域に建設された倉庫群。
その一棟だ。
錆びた鉄扉が、哀愁を漂わせている。
だが俺は、そんな廃墟じみたこの倉庫が好きだった。
「やあ、ドクオ君。遠路の殺害報告ご苦労さま」
俺が鉄扉の脇の通用門を潜るや否や、低い声が廠内部に木霊した。
暗さにまだ目が慣れない。
ただ、だだっ広い空間の中に男が一人直立している。
すらりとした長身痩躯。濃紺のワイシャツ。
そろそろ瞳が慣れてきたらしい。男の顔が視認できる。
('A`)「モララーさん。その言い方は好みません」
( ・∀・)「ほう、我々"傭兵"一の猛者であり戦闘狂、ドクオ君らしからぬ物言いだね」
('A`)「戦闘狂ではありませんし、私ではあなたに敵いません」
事実、俺の力では目の前の男には敵わない。
今の俺の力では、絶対に。
( ・∀・)「――やってみるかい、ドクオ君」
モララーはズボンのポケットから両手を抜いた。
わざとらしいファイティングポーズを取る。
一見隙だらけの構えだった。
でも、俺には手が出せない。力の差は、歴然としている。
('A`)「任務は、つつがなく完了しました」
( ・∀・)「了解した。では、次の任務を命じる」
モララーは静かに事務机の上に座った。
胸ポケットから、カサリと一枚の三つ折りの書類を取り出す。
するすると用紙を広げていく。指は驚くほど細い。
モララーがちらりと、俺の方を見た。
('A`)「何か」
いや、なんでも。とモララーは嘆息した。
訳のわからない男だ、と俺は悩んだ。
最初に出会ったときから、いつもこの人は謎に満ちている。
出自も、生い立ちも、何もかもが謎。
ただ俺の目的に協力をしてくれる、そんな人物。
モララーという男が善人なのか悪人なのか。
それは解らない。
おそらくこれからも解らないだろう。
ただ一つだけハッキリしているのは、油断できない相手だと言うこと、だけ。
俺は唐突に、最近胸中に去来し続ける疑問をぶつけた。
――正しいことなのでしょうか。
( ・∀・)「……何?」
('A`)「いくら相手が悪人だからといって、隠密裡に人を殺める。
殺し屋家業。これは正しいことなんでしょうか」
俺は解らない。
初めて人を殺したときから、何かがずれてしまった。
もちろん、人を殺すことは、悪だ。
法律にも違反しているし、人間として許されることではない。
だが、相手が悪人の場合、どうなるのだろう。
弱者から金を搾取し、虐げる。人の風上にも置けない愚者。
( ・∀・)「君はただ、殺していればいい。考えるのは僕達の役目だよ」
('A`)「ただ、殺していれば?」
( ・∀・)「そうだ。何も考えるな。君はかつて、私にこういったことがあるよな」
止めてくれ、言わないでくれ。
俺はあのときどうかしていたんだ。頼むから、言わないでくれ。
だが、モララーはその言葉を紡いだ。
( ・∀・)「俺は血が見たいだけなんだ」
('A`)「――、うう」
俺は呻きを上げ、一歩二歩、その場をじりじりと退いた。
モララーの身からは、何か異様な力が発せられている。
そう感じた。恐ろしい、目の前の男が俺を睨む。
じっと、獲物を目の前にした猛禽類のように。
( ・∀・)「大丈夫だ。君の仇討ちの手伝いはしてやるよ。
そして仇討ちの敵うとき、君もまた自由だ」
('A`)「仇――討ち」
俺の両親は、何者かに殺された。
絶対に俺は、そいつらを。
('A`)「ぶち殺す。絶対に」
( ・∀・)「そう、その意気だ。やはり君はこうでなくてはね」
('A`)「俺はただ、血が見たい――?」
それは、たとえば、さきほどの兄を追いかける無垢な子供であってもか。
違うだろう。
('A`)「で、任務とは何です」
今は人を殺す気にはなれない。
だが同時に、一刻も早くこの場を離れたい。
俺は矢継ぎ早に、モララーの命令をせがむ。
( ・∀・)「この少女だ。この写真の少女を確保しろ」
('A`)「確保、ですか」
( ・∀・)「そうだ。殺すな。確保しろ。しばらく身元はドクオ、おまえが引き受けろ」
命令の意味がわからない。
モララーは徹底した合理主義者だ。
意味のないことはやらないはずだ。
ということは、この一見無意味な行動にも何か意味があるのだろうか。
('A`)「了解しました」
だが今の俺には真意を尋ねる気力もなく、ただ一枚のレポート用紙を受け取った。
写真が載っている。黒髪の可愛らしい少女だ。ただ、少し幸薄げである。
たぶん十七八、高校生ぐらいだろう。
( ・∀・)「では、よろしく。私はこう見えても多忙でね」
俺はもう何も言わず、第八○一倉庫を後にした。
俺は再び、市街地へと進んだ。
それでもまだ潮の風が強い。
典型的な港町の風景。
巨大な陸橋が、離島へと続いている。
見上げれば何十台もの車。
('A`)「だあ、疲れるなあ」
俺は首をごきごき鳴らした。
町行くサラリーマンが、俺の姿を見る。
睨み返すと、すぐに男はそそくさと去っていった。
俺はそれほど恐ろしい表情をしていたのだろうか。
少し睨んだだけなのだが。
煙草を口に銜え、火を付ける。
しかし、どうやってあの少女を捜すか。
('A`)「……しまった」
煙草を吐き捨て、革靴の裏でつぶす。
最悪だ。
二本目の煙草、吸っちまった。
本当に突然のことだった。
俺はその後何気なく自販機でコーヒーを買い求め、ベンチに座っていた。
プルトップをぷしゅっと開け、ブラックのコーヒーをぐいと喉に流し込んだ。
その次の瞬間。
('、`*川「――、あの、すみません」
少女だった。
黒髪を棚引かせた、幸薄げな少女が、俺の前に突っ立っている。
('A`)「なんで?」
思わずそう呟いていた。
都合の良い展開だ。
いや、都合良すぎる。
誰かが裏で操っているとしか思えない。
俺の求める少女が、目の前に直立しているなんて
彼女、ペニサスは俺の隣に腰掛けた。
なんだこの女は。思わず俺は訝る。
('A`)「で、どうしたの」
ペニサスにジュースを買ってやったが、飲む気配はない。
両手で弄び、何か言い足そうに俯くだけだ。
言いたいことがあるのなら、早々に言ってほしいものだ。
傭兵として、速やかな情報把握は重要技能なのだ。
('∀`)「話して、ごらん」
自分で言うのは何だが、俺はあまり女としゃべるのは得意じゃない。
このことは、年齢に関係が――、ああ老婆としゃべるのは得意だな。
若い女との会話は、どうも得意になれずにいる。
俺は慣れない口調で、ペニサスの独白を促した。
('、`*川「お願いが、あります」
ようやく少女は語り始めてくれた。
彼女の身の確保、同時に安全の確保となれば彼女の現在の状況を確認するのが急務。
だが、しかし。彼女の願いは、俺の想像を著しく超えたものだった。
誰がこんな願いが少女の口から発せられるなどと、想像できようか。
聴覚は言葉を捕らえたが、脳が言葉を処理しない。
('A`)「――、何?」
('、`*川「ですから」
ペニサスは今度はすっと立ち上がり、一歩、俺の眼前に直立した。
茶色の双眸が俺の目を捕らえて放そうとしない。
しばらく、俺とペニサスは見つめ合った。
('、`*川「私を、殺して下さい」
常識的に考えろ。
だれが殺し屋に殺してくれと頼む。
もっともペニサスは俺が殺し屋だとは知らないはずだ。
以前に俺がペニサスを探しているということも、知らないはず。
つまりペニサスは、見ず知らずの他人に、何というか自殺幇助を願い出ているのか。
('、`*川「ダメ……ですか」
いや、ダメというよりね。と俺は眉間に皺を寄せた。
むむむ、と呻る。
('A`)「詳しい話を、聞かせてくれないか。
何か君の力に、なれるかもしれないから」
おかしかった。
あってはならないことだった。
目標の情報の過度の入手。目標への思い入れ、感情移入。
どれも最終的な任務の遂行、つまり目標の殺害を阻害するものだ。
('A`)「ま、気にしないさ」
ペニサスは俺のつぶやきに首を傾げた。
座って、と隣の席に手を添える。ペニサスは静かに従った。
楚々とした動作が可愛らしい。育ちも良いようだ。
さぞかし両親に愛されて育ったのだろう。
('∀`)「ご両親は? 心配してるんじゃない?」
('、`*川「両親ならいません」
――昨日、死にました。
俺は、なんて空気が読めない奴なのだろう。
('A`)「ごめん、悪いことを聞いたかな」
('、`*川「いえ、いいんです。気になさらないで下さい」
どうにも、バツが悪い。
俺だったら軽く相手を睨み付けているだろう。
その点、ペニサスは落ち着いていた。
だが、ペニサスの瞳を見たとき、俺は全身から冷や汗が吹き出すのを感じた。
なんだ、この眼は。
('、`*川「ぶち殺す。絶対に」 ('A`)「え?」
('、`*川「いえ、何でもありません。お騒がせしました。
また、何処かでお会いできると良いですね」
ペニサスはものすごい勢いで捲し立てる。
('A`)「え――、あ、ちょ」
ペニサスは立ち上がり、ぺこりとその場で一礼した。
俺が呼び止めるのを振り切るかのように、この場を後にした。
立ち上がり、ペニサスの方へ手を伸ばした。
だが、それだけだ。
追いかける事なんて、出来るわけがなかった。
あんな、瞳を見せつけられては。
恐ろしい、呪いを込めた瞳だ。
久々に見た。
以前何処かで見たことのある瞳だった。
だが、どこでだろう。思い出せない。
妙に引っかかる。
俺は何か心に、大切なものを感じたはずなのに。
潮風が、強まっている。
天候が変わるのだろうか。俺に気象のことは解らない。
だがもっと解らないのは、ペニサスの心だ。
最も忌避すべき気持ちが、心の中に充ち満ちていくのを感じた。
('A`)「知りたい」
好奇心が、野次馬心が、疼く。
彼女のことをもっと知りたい。彼女がおかれている現状を見てみたい。
('A`)「追いかける、か?」
心の中で冷静に相談する。
だが、その感情はどうも抑えきれない。
幸薄げな少女の後ろ姿が、いつまでも俺の心に残っている。
不意に、俺の手が、何かに触れた。
ペニサスの残した、まだその温もりの残るジュースだった。
まだ、封も切られていない。
俺は缶を手に握ると、やおら立ち上がった。
('A`)「追いかけるか。たまには、命令違反も――」
いいかもしれないな。
俺の中に目覚めた忌避すべき感情、ペニサスへの"興味"。
それを押さえ込むには、あのモララーからの命令状はあまりにも薄っぺらなものだ。
俺はゆっくりと、ペニサスが逃げた方向へと歩き始める。
強まる潮風を、その背中に感じながら。
(終)
この小説は2007年4月22日ニュース速報(VIP)板に投稿されたものです
作者はID:S7foQEOz0 氏
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