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(*゚ー゚)しぃの時計の針は戻らないようです 前


はじめてブーン系小説を読む方はこちらへどうぞ




 銀の指輪で
 時計の針を戻してみる

 並び歩いたはずの道に残された足跡
 傷跡だったと気づくまで あと数秒

 萎れた翼は目を閉じて
 飛翔を待つけど 空しくて


 何も変わらない
 無情な過去

 何も失っていないはずなのに
 手を繋ぐことも叶わない手は 寂しくて


 迫り来る今と未来から目を背け
 だけど立ち向かわなきゃいけないって分かってる

 針を戻しても時は不変
 進み行くことの所以


 でも 分からないよ
 何もかもが 何もかもが

 教えてよ ねぇ 誰か




1_20091228200703.jpg



 寒気に埋められた、白を基調とした部屋。
 長年自分の部屋として使っているので、壁はところどころ黒ずみや傷がついている。

 その部屋に響き渡る、聴き慣れた着信音。
 もはや、当たり前だとすら、思わなくなった。

( ,,゚Д゚)『一日お疲れ様ー。フィギュアの練習、今日もキツかった?』

 もう慣れきった文章だった。
 夜10時過ぎ、ちょうどお風呂から上がる頃。
 2月の夜に冷やされた体が火照り、気持ちもどこか温かになる。

 そんなときにメールを見て、和む。
 もう当然のことになっていた。

(*゚ー゚)『きつかったぁー……』

( ,,゚Д゚)『頑張れ頑張れ。応援しかできなくてゴメン』

(*゚ー゚)『んーん。いつもありがとね』

( ,,゚Д゚)『来週の試合見に行くよー』

(*゚ー゚)『って、いつも来てくれてるのにー(笑) ありがとー』

( ,,゚Д゚)『久々に生で見る気がするなぁ』

(*゚ー゚)『日本での試合は、一ヶ月ぶりだっけ? 久々ってほどでもないと思うけど』

( ,,゚Д゚)『終わったあとは、会えそう?』

 メールを返す右手が止まった。
 動き出しても、滑らかとは言えなかった。

(*゚ -゚)『試合終わって、すぐ取材あって……そしたらもう、終電行っちゃってると思うから……』

( ,,゚Д゚)『そっか。仕方ないな』

 息をついたかさえ分からないほど、すぐの返信だった。
 淡白さは、近頃感じていることでもあった。

(*゚ -゚)『でも試合終わったらまた、近いうちに時間取れると思う』

( ,,゚Д゚)『そん時は会えるといいなぁ。じゃあ、疲れてるだろうし、これで終わりにしまっす。おやすみー』

 見てすぐに、携帯を折り曲げた。
 ギコ君のメールから、ときどき冷たさを感じる。
 付き合って、もう三年。安定してきているせいだと自分を納得させていても、どこか寂しい。

 ギコ君に会おうと思えば、片道3時間を要する電車に乗らなければならない。
 気軽に会える距離ではなかった。当然、会う頻度は多くない。
 前に会ったのはもう半年前だ。最近感じる冷たさは、それも関係しているのだろうか。


('、`*川「強がってんじゃないの?」

 よく晴れた次の朝。学校へ向かう途中、有里に相談してみた。

 伊藤有里といえば、この学校でその名を知らない学生はいない。
 背中の半分まであるロングの髪が優雅に靡き、すれ違い様に花の香りを残す。
 黙っていれば、高嶺の花。しかし、気さくで誰とでもよく喋る。
 無論、恋愛経験は豊富だった。

 正直な性格で、変な気遣いや遠慮もなく、思ったことを言ってくれる。
 相談相手としては、これ以上なかった。

('、`*川「あんたは今や日本中誰もが知るアイドルスケーター。
     そう簡単に会えないことが分かっていながら、それでも会いたい。
     でもそんな態度を知られたくなくて、強がってみせた、って感じかな」

(*゚ -゚)「んー……なんか、違う気がする……そういう人じゃない気が……」

('、`*川「人柄は知らないけどさぁ。
     そもそも告白してきたのが向こうからっていうんなら、淡白になるとか冷たくなるとかはそうないと思うけど。
     何しろ、あの椎名美咲と付き合ってんだから」

(;゚ -゚)「そういう言い方やめてよー……」

('、`*川「テレビやCM、雑誌など各メディアに引っ張りだこ、日本中の男が狙ってる子と付き合ってたら、普通逃がしたくないと思うだろうけど」

 若くて可愛い、そして実力もある女子高生フィギュアスケーターとして、椎名美咲の名は瞬く間に全国に広まった。
 ネット上には自分の写真が出回り、雑誌には細かい経歴なども掲載された。
 自分が出ているだけで、フィギュアの中継の視聴率が20%を超えることもしばしばだった。

 周りの加熱は、勝手にすればいい、と思っていた。
 しかし最近は、記者やファンの、異常とも思える熱狂ぶりに恐怖を覚えることもあった。

(*゚ -゚)「絶対そんなんじゃないよー……だってそうだとしたら、尚更おかしいじゃん……」

('、`*川「だから強がりなんだって」

 得心とはいかなかった。
 結局、答えを知る方法は一つしかない。ただ、それを試そうという気は最初からなかった。

 フィギュアスケートの練習はいつも通りだった。
 楽しさや辛さも変わらない。心境の変化云々で変わるようなものでもなかった。
 ただ、何故か帰り道、いつも以上に足の痛みを感じた。
 少し前に痛めた怪我なのか、それとも別の理由なのかが、分からなかった。

 やがて、一週間が過ぎた。

(実・Д・)『期待の椎名選手、果たして四回転は出るか!』

 全日本選手権。世界選手権への挑戦権をかけた試合だった。
 あのあとのギコ君の様子は、特に変わりない。気配すらなかった。
 今日、会える時間を探してはみたが、やはりどうにもなりそうになかった。

 ギコ君の存在には救われてきたし、感謝の気持ちもあった。
 それなのに、長く会わなさ過ぎた、というのは分かっていた。
 しかし、それについてはギコ君も理解してくれているはずだった。

 試合が始まるぎりぎりまで、携帯を握り締めていたが、遂に震えることはなかった。
 ここ一年だろうか。いつも、試合が始まる直前、全く同じ文章のメールをくれていたのに、それがなくなった。
 いつもあれで心を落ち着かせていたのに、何故。
 しかし、何故と訊くこともできなかった。


 名前がコールされていた。リンクへと脚が進んでいく。
 心とは、裏腹に。

 メールがなかったからといって、別段結果に影響が出るわけではなかった。
 あってもなくても同じ。ギコ君も、それを分かって、送らなくなったのかも知れない。
 しかし、落ち着きは随分違っていた。最近は納得のいく滑りもない。

 滑っている最中、無心になれることはほとんどなかった。
 滑りのことを考えているわけではない。いわゆる雑念が、いつも付き纏ってくる。
 恐らく、未熟さの一部だろう。今日、襲い来る雑念は、恋色沙汰だ。
 初めてかも知れない、と思った。


 最後にスピンを決め、滑り終えた。危険性の低い、無難な滑りだった。
 ただ、世界選手権の出場権獲得は間違いないだろう。

(実・Д・)『合計は、179.5。椎名、世界選手権決定! 四回転は温存しました』

(解´∀`)『最近は中々成功していませんからね。そんな危険を冒さなくても、世界選手権は間違いありませんし』

(実・Д・)『しかし、ファンや関係者からは期待されていますね』

(解´∀`)『もちろんそうでしょう。椎名選手の大きな武器ですから。
      ですが、リスクの大きなジャンプです……本人も色々悩んでいるでしょう』

 四回転サルコージャンプ。
 これを最も成功率高く飛べるのは、恐らく自分だろう。
 成功すれば一気に高得点を叩きだせる。試合で逆転を狙うときの、言わば切り札だった。
 だから、こんな試合で出す必要はなかった。

 ショートプログラムの時点で、世界選手権の出場は半分決まっていたようなものだった。
 それを確定させるだけの滑り。雑念が入らないはずはなかった。
 はっきりした跡を、残した。それが、日本への決別、そして世界への道筋だった。


 結局、会場にギコ君の姿を見つけることはできなかった。
 いや、もしかしたら、来ていなかったかも知れない。今日も明日も平日だし、ギコ君も学校、バイトで忙しい。
 しかも、近頃の空気。何ら不思議はない状況だった。

 しかし、取材を受けている途中で、太股に振動を感じた。
 逸る気持ちを必死で抑えた。取材を終えてすぐ、携帯を開いた。

( ,,゚Д゚)『世界選手権確定おめでとー。久々に生で見れただけで嬉しかった。
    今度は話したいなぁ。それじゃ、おやすみー』

 何気の無い、普通の言葉。
 それでも、胸が詰まった。
 寒空の下でも、顔が熱を持っている。
 ついさっきまでの疑念が嘘のように晴れやかで、単純さに笑いが零れた。
 同時に、やはり好きということも再認した。

 帰りながらスケジュールを調べて、終わってすぐメールした。
 返信は、来なかった。代わりに、電話がかかってきた。

( ,,゚Д゚)『日曜? 空いてるんだ?』

(*゚ー゚)『うん。朝練習あるけど昼以降は大丈夫だよー』

( ,,゚Д゚)『じゃー、何時? 1時でいい?』

(*゚ー゚)『うん。久々に会えるねー』

( ,,゚Д゚)『直に会って話したいことが、いっぱいあるなぁ』

(*゚ー゚)『私もー。楽しみにしてるね』

( ,,゚Д゚)『じゃあ、おやすみ』

(*゚ー゚)『うん、おやすみー』

 今まで本当に全く時間が取れなかったわけではなかった。
 会おうと思えば会える時間は、あるにはあったが、練習時間に充てたり、学校の友達と遊んだりしていた。
 そういった事情は彼も理解してくれているはずと気にしていなかったが、今にしてみればもう少し会うべきだった。
 半年は、長すぎた。

 相談することが、多かった。
 スケートのこと、対人関係など、恋愛ごと以外はほとんどギコ君に相談していた。それ故にか、あまり寂しさを覚えることはなかった。
 そしてそれは相手もそうだと勝手に思い込んでいた節があったが、そうではなかったのかも知れない。

 いずれにせよ、明日会える。
 楽しい時間が、待っている。話せることもたくさんあるだろう。


 日曜。
 思ったより、練習が長引いた。
 家ですぐ昼食を取って待ち合わせ場所に向かったが、1時はもう30分も過ぎている。
 結局、40分ほど遅れて待ち合わせ場所に着いた。
 ギコ君の姿はすぐに発見する。恐る恐る表情を伺ってみた。

 いつもの柔和な感じが、どことなく翳っているように思えた。
 それは、判然とした恐怖を与えられるものだった。

(;゚ -゚)「ご、ごめんね……ちょっと練習、長引いちゃって……」

 とうに気づいていると思っていたのに、ギコ君がはっとした。
 完全に上の空だったようだ。

( ,,゚Д゚)「久しぶり! 実は俺、電車一本乗り遅れちゃってさ。
    椎名絶対怒ってるだろうなーって今めっちゃ不安だったんだ。
    良かった、って言ったら変だけど」

(*゚ -゚)「そうだったんだ……」

 安堵の息が漏れた。表情のわけも、そう説明されると納得がいく。

 急いで映画館に入る。
 最近、変な記者に付きまとわれることが多い。全く知らなかった写真などが雑誌に掲載されていたこともあった。
 ギコ君のことはまだ知られていないみたいだが、普通に歩き回っていたらすぐに発覚するだろう。

 それが困るわけではなかった。現に、ギコ君に二年前貰った指輪は左手の薬指に嵌め続けている。
 彼氏がいることはもうファンの間で知られているが、それによりギコ君に被害が及ぶのは嫌だった。
 記者の手がギコ君にまで伸びたら、迷惑どころではない。
 それを一度ギコ君には言って、ギコ君はそれくらいは我慢できると言ってくれたが、それでも恋仲である以上、気兼ねのない関係でありたかった。

 前から観たかった映画を一緒に観て、外に出たらすぐにカラオケに入った。
 顔を隠すような真似までする。世界選手権前である以上、下らない報道に心を動かされたくなかった。

 カラオケが終わったら、もう月と太陽が入れ替わっていた。
 これだけ暗くなると、帽子を深めにさえ被っていればそう心配は要らない。

(*゚ー゚)「もう8時だー」

 それでも、人のいない公園に向かった。
 涼やかな風。音を奏でる木々。
 こんなに穏やかな気分になれたのはいつ以来だろう。
 それこそ、半年振りだろうか。

 この気持ちは、失いたくない。ぼんやりそんなことを考えていた。

( ,,゚Д゚)「楽しかった」

 ふと、現実に引き戻された。

( ,,゚Д゚)「久々に会えて、久々に話せて、俺凄い楽しかった」

 充実した表情。思わず、笑みが零れる。

(*゚ー゚)「私もだよー。これからはもっと頻繁に会えたらいいなぁ。
    私やっぱ、ギコ君と遊んでるときが一番幸せ……欠かせない時間って思」

( ,,゚Д゚)「別れよう」

 夜の光が、華奢な自分の体を貫き、そのまま消え去った。


2_20091228200703.jpg





('、`;川「フラれちゃった……ときましたか……」

 皮肉なほど、綺麗な青が空を塗り潰していた。

('、`;川「随分、唐突に……それは、また……お気の毒に……」

( ; -;)「ふぇぇーん……」

 思い出すだけで、視界が滲んでくる。

 明くる日。
 今日は一、二限がLHRで、簡単なアンケートを答えただけで先生はどこかへ行ってしまっていた。

('、`*川「そんで? 理由は? まぁ大体想像つくけど」

 有里に全てを話したい気持ちはあった。
 ただ、思い切り詰られるのが少し怖い。

('、`*川「おーい。黙るんじゃ私は分かんないって」

 恐怖は、なくはないが、やはり喋らなければ、先へは進めない。
 時は、動いているのだ。

(;゚ -゚)「ちょっと、長くなるけど……」

('、`*川「まー話してみなさいってば」

 窓際で光を受けていた。
 窓の傍を、鳥が翔け抜ける。視界の端で捉えたのは陰影だけで、本当に鳥なのかは分からなかった。
 鳥に似た、何かだったかも知れない。




( ,,゚Д゚)「別れよう」

 反復されなくても、ずっと頭の中で繰り返されている。
 意味も、分からぬまま。

( ,,゚Д゚)「俺と椎名の関係は、意味ないよ。
     もう、無理。ゴメン。終わりにしよう」

 何十回繰り返されただろう。
 ずっと、時は止まっているとさえ思えた。
 進んで欲しくもなかった。

(;゚ -゚)「なん……で……」

 震えながら搾り出した情けない声は、冷たい夜風が瞬く間に掠ってしまった。
 その風は虚空へと舞い上がり、声も、届いていないだろうと思った。

( ,,゚Д゚)「言った通りだよ。
    俺は相談をほぼ毎日受けて、他愛もない労いの言葉を送る。そんで、ときどき会う。
    人目もつかないようなところで、実に普通に遊ぶ。
    ね? 恋愛感情はここに一切必要ない」

 体のどこも、口さえも動かなかった。

 どうせなら、時も止まってしまえば。
 このまま進まなければと、浅はかな願いを二人の空間にぶつけていた。

( ,,゚Д゚)「雑誌とかにもさ、恋愛沙汰は探られるし、そーゆーのないほうが椎名も楽でしょ?
    俺は、今まで通り相談も受けられるし、お疲れ様ってメールも送れる。
    恋人関係じゃなきゃ、無理にスケジュール空けて会うこともない。
    ほら、ね。こっちのほうが良さそうだ」

(;゚ -゚)「待って! 違う!
    私は好きだから! 好きだから一緒に居て嬉しかったし相談もできた!」

( ,,゚Д゚)「徐々に慣れるよ。愛がなくても結果に変わりはない」

(;゚ -゚)「変わる……絶対変わる……だか」

 また、時が止まった。
 雨。はっきりそう思える、涙だった。

( ,,;Д;)「ゴメン……迷惑ばっか、かけて……。
     全部、俺のせいなんだ……全部、俺が、弱いせいで……。
     世界選手権、近いのに……ゴメン……」

 錯乱し続ける脳は、役に立たないもいいところだった。

( ,,;Д;)「俺がもっと……耐えられたら……。
     そしたら、椎名に迷惑もかけずに済んだのに……。
     俺が、辛いからなんだ……ほんとに、それだけ……」

(;゚ -゚)「ま、待って!
    私もっと頑張るから!
    時間もいっぱい空けるし、もっと会えるようにするから!」

( ,,゚Д゚)「それも、心苦しいんだ……」

 いつの間にか、ギコ君の瞳はいつものように澄んでいた。
 それが、疑問でもあった。

( ,,゚Д゚)「だから、ほら。全部俺のせいなんだ。
    俺が、会えなくてもいい、っていう強さを持ってれば、何も問題なかった……。
    なのに、俺は、我が侭にも毎日会いたいなんて思う気持ちがある。
    この状態でずっといるのは、苦しいんだ……」

(;゚ -゚)「で、でも……」

( ,,゚Д゚)「でも分かってるんだ。
    椎名が、少なからず俺を必要としてくれてるって。
    それは凄く嬉しいんだけど……やっぱ、愛があるとだめだ……。
    俺、彼氏っていう権利を使わずには居られなくなる……」

 風が、身を包む。それが、ひどく冷える。
 心身、底から。

( ,,゚Д゚)「もう最近はさ、俺より先にメディアが椎名のことを知ってる。
    ずっと、耐え難く思ってた。
    そんで……この一年じゃ、三回しか会ってない……もう、無理だ……」

(;゚ -゚)「待って……私、もっと彼女らしくなるから……だから……」


( ,,゚Д゚)「殺すって結論に行き着きそうなときもあった」


 風と、それから、今度はなんだ。
 心を冷やすのは、一体なんなのだろう。
 何も、分からない。
 壊れたほうがいっそ楽か、と思えた。

( ,,゚Д゚)「椎名を、独り占めしたいって思ったとき、椎名を殺せばいい、なんて、考えちゃったことがあった。
    本当に、気分落ち込んでて、どん底で考えたことだし、今にしてみれば本当に馬鹿げたことなんだけど、でもその時は確かに考えてた」

 形容しにくい、あまりに言葉にはしにくい感情があった。
 本当に、どうやって表面に出せばいいのか分からない。

( ,,゚Д゚)「思えば、彼氏らしいことはなにもできなかった。
    椎名にばっか、彼女らしいことしてもらって、本当に幸せだった。
    ありがとう。ごめんなさい。
    俺は、楽しかった」

 引き止めろ。
 心の言うことを、体がきかない。
 声も出なければ、足も手も動かない。

( ,,゚Д゚)「じゃあね、椎名さん」

 止まっているのは、自分の周りの時だけだ、と思った。




('、`;川「あんたそーゆーことなんで言わないの?
     年三回? フラれるに決まってんじゃん……」

 全てを話し終えたら、また青空がはっきり見えなくなった。

('、`*川「あぁ、いや、でも……確か、そういうのは承知の上で、付き合ってたんだっけ?」

( ; -;)「……と、思う……けど……でも……私が、甘えすぎたのかな……」

('、`*川「んー。美咲と付き合う以上は、我慢しなきゃいけないことだしねぇ。
    でも……年三回で昨日まで耐えてきたのに、いきなり別れ話っていうのも、唐突すぎる気がするけど」

( ; -;)「今にして、思えばね……。
    前に、直接会って話したいことがいっぱいあるって言われてたの……。
    このこと、だったんだろうなって……」

('、`*川「あー、ってことはもうけっこう前から決めてたんだろうね。
     まー、半年会ってなかったんだったら、それが普通だろうね」

( ; -;)「そう……だよね……」


('、`*川「あー、分かった。
     さては最近させてあげてなかったんでしょ?
     この一年で多分一回もしてないんじゃない?」

( ; -;)「え……? な、なにを……?」

('、`;川「……何をって、あんた……も、もしかして……
     したことない……とか、言わないよね……三年も付き合ってて……」

( ; -;)「だ、だから何を……?」

('、`;川「エッチに決まってんじゃん……」

 顔が熱くなった。
 反応を示さないわけにもいかず、誰にも気づかれないような小さな頷きを見せた。

('、`;川「っはー。そりゃフラれるわ。
     三年付き合ってて一回もさせてないなんて、信じらんない。
     三年どころか三ヶ月でも充分な付き合いでしょ」

(;゚ -゚)「……ていうか……エッチ……どころか……キスも……」

 ストラップに指を通して、ふらふら揺らしていた携帯が、有里の驚きを表すかのようにぴたり止まった。

('、`;川「フラれて当然ね……」

(;゚ -゚)「で、でも、一回もそういう素振り見せなかったよ?
    三年も付き合ってたんなら、一度くらいキスする構えを見せてくれてもいいのに……。
    私は、黙って目を閉じるつもりだったのに……」

('、`*川「あーもー全然分かってない。
     そーゆーのは、男からしてもらうんじゃなくて、女がさせるもんでしょ。雰囲気作りが大事。
     あんたがいつも普段通りにしてたら、向こうだってタイミング分かんないじゃん」

(;゚ -゚)「……そーなんだ……」

('、`*川「大体さー、あんたスポーツやってて体引き締まってるし、そのくせ胸あんだから、しっかり体で繋いでおけば絶対問題なかったと思うよー。
     気持ちだけじゃどうにもならないことはあるって」

 今更言われても仕方のないことだが、確かにそうかも知れないとは思った。
 年頃の二人が三年付き合っていて、一度の性交もなかったのは確かに異常と言えるだろう。
 自分は、それを受け入れるつもりでいたが、確かにそういった雰囲気はなかった。

(*゚ -゚)「夜何時にメール送ってもね……返してくれるんだ……。
    それから、何通送っても、私が寝るっていうまでずっと付き合ってくれるの……。
    試合も、日本の試合なら、遠くても来てくれるし……。
    今年はね、カナダの世界選手権も、応援行くって言ってくれてたんだ……」

 昨日、家に帰ってから一つ、気づいたことがあった。
 昨日のことだ。自分が待ち合わせ場所に着いたのは1時40分頃。彼も今来た、と言っていたが、何故気づかなかったのか。
 彼がそんなに遅れたことは一度もない。

 電車の時間の関係で、1時に一番近いのは12時51分。
 待ち合わせ場所には1時過ぎには着く。しかし次の電車は1時35分。
 1時40分ごろには、どう急いでも間に合わない。

 今更、心が痛む。

('、`*川「そんなにいい彼氏君に対して、してあげたことは?」

(;゚ -゚)「…………デ、デート……?」

('、`*川「そりゃしてあげることじゃないでしょ。与えるものだよ?
     もしかしてデートすることが与えることだとか考えてる?」

(;゚ -゚)「か、考えてないよ」

 言葉ではそう言ったが、考えていたと今気づいた。
 時間を空けること、デートをすること。
 その程度のことを、与えることだと考えていた。

 自分の傲慢さは、あまりに酷すぎて、とても口に出せそうになかった。

('、`*川「で、彼氏君はあんたの相談も受けて、毎日メールも入れて、試合はほとんど見に来てくれて、っと……あんたに尽くしてくれたわけだ。
     でも見返りは一切なし。そりゃ苦しいでしょうに。ホント、よく三年も付き合ってくれたね。感謝しなきゃねぇ」

 本当に、三年耐えてもらったのが申し訳なかった。

(;゚ -゚)「そういえば……私は誕生日プレゼント、毎年貰ってるけど……
    ギコ君には一回しかあげたことない……」

('、`*川「あー、気持ちだけじゃなくて物もかぁ。聞けば聞くほど最悪を極めるねぇ。
     ホント恋愛感情は必要ないって言葉の意味が分かったよ。友達関係でいいじゃん。
     あんたなら近場の男は選り取りみどりなんだしさぁ、遠い彼氏だとあんたも辛いじゃん」

(;゚ -゚)「違う! 私はギコ君じゃなきゃヤダ!」

('、`*川「そうやってはっきり言えるのはまぁ凄いけど、態度で示さないことにはね。ただの自分勝手だよ」

(;゚ -゚)「どうすればいいのー……? 時間取るように頑張るって言っても心苦しいって言われちゃったし……」

('、`*川「大体、彼はできれば毎日会いたいんでしょ? それを年三回しかっていうのがやっぱね」

(;゚ -゚)「で、でも、それは彼もわかってた上でって……」

('、`*川「ちーがーうー。この一年で私とだって二、三回遊んだじゃん。
     それをなんで彼氏君との時間に回そうと思わなかったの?
     態度っていうのは、そーゆーのを言ってるの。彼氏君は確かバイトをほとんど毎日してるんでしょ?
     でも、あんたの試合のときとか、あんたが遊べるってときは絶対時間を空けてくれてたんじゃないの? 推測だけどさ」

 言われてみれば、そうだった。
 いつ試合があると言っても、いつ時間が空いてると言っても、ギコ君は嬉々としていた。
 時間が空いていて当然だと思っていたが、バイトだって簡単に日程を調整してもらえるものではないだろう。

('、`*川「そういう態度の違いでしょ。残念だけど、恋人としては釣り合わなさ過ぎる。
     あんたは偶像性あってさぁ、彼女にできたら最高かも知れないけど、実際付き合ったら最悪だよ、ホント。
     私は今、心底彼氏君が可哀想で仕方ないよ」

 返す言葉が、あるはずもなかった。

('、`*川「都合のいい男を離したくないのは、理解できないでもないけどね」

(*゚ -゚)「……そんなんじゃないもん……」

('、`*川「否定材料がなきゃ肯定も同然よ。
     この推測は断言に変えてもいいけど、あんた彼に好きとか、そーゆー愛の言葉、かけてないでしょ。
     フラれた理由は彼氏君が愛を感じなくなったのにまず起因してる。
     そしたら向こうだって思うでしょうよ。都合よく扱われてるって」

 有里の言葉一つ一つに、心が痛む。
 何も顧みてこなかった。今更何故と思っても虚しい。

('、`*川「あんたの意図がどうであれ、現実はこう。本気で尽くすならスケートはやめるしかない。
     とは言え、それで相手が満足するとは思えない。難しいったらありゃしない」

(*゚ -゚)「……本当、もう、最悪……」

 さっき、窓辺を翔け抜けた鳥が、傍の木にいた。
 此方を見ているようで、どこかもっと遠くを見ているように思える。

(*゚ -゚)「私、世界選手権近いのに……こんな時期に、何考えてんだろ、ギコ君……ホント、最悪……」


3_20091228200703.jpg



('、`*川「……美咲」

(*゚ -゚)「だから、絶対ギコ君に告白してまた付き合ってもらう。
    都合がいいとかじゃ、やっぱりない。
    愛が欲しい、愛を与えたい。
    そのためならどんな努力でもする」

 まだ、はっきり分かったわけではない。
 ただ、分かりかけている。愛は、与えることによって与えられるもの。
 今までは、与えられていただけだが、それが決して満ちたりていなかったということだろう。
 愛を欲するなら、愛を与える。そして、二人が満ち足りて、それによりまた高まるものもきっとあるのだ。
 今までは、考えようともしなかった。

 いや、そんなに難しく考える必要はないのかも知れない。
 ギコ君と、付き合い始めた理由。それを取り戻したい。
 それだけでも、充分過ぎるほどだった。

('、`*川「ま、頑張るっていうんなら、私も手伝うよ」

(*゚ー゚)「ありがと。でもやっぱ、私が頑張らないことには、ね」

('、`*川「んー、安心した。
     簡単に頼るんなら、上辺だけだろうなって思ったけど、そうでもないみたいだね。
     まぁ、アンタが何を思ってんのかは知らないけど、半端な相手じゃないんだから、頑張りなさいよ」

 頷く代わりに、笑ってみせた。

 練習が終わったあと、しばらく更衣室で黙考していた。
 ギコ君との復縁のために、まず、何をすればいいのか。メールは送りにくいし、電話は尚更だ。
 直接会うことも時間的にできない。しかも彼は十中八九バイトだろう。

(*゚ -゚)(……だめだ、そんな弱腰じゃ……)

 携帯を取り出した。
 直接会うのはやはり無理だが、今度会う約束を取り付けることはできる。
 とにかく、コミュニケーションを取ること。前へ、進むこと。

 電話をかけた。何回目だろうか。
 指折り、数えられそうだった。

( ,,゚Д゚)『もしもし』

 出ないと、思った。
 あっさり出た。望んでいたはずなのに、何故不安と恐怖に包まれるのか。

(;゚ー゚)『あ……』

( ,,゚Д゚)『練習終わった?』

 出ない声が、尚更になった。
 ギコ君の声のトーンが、いつもと変わらない。

(;゚ー゚)『あ……う、うん。今終わった』

( ,,゚Д゚)『お疲れ様。世界選手権近いけど、調子はどう?』

(;゚ー゚)『う、うん、悪くないかな……』

( ,,゚Д゚)『そっか。怪我は大丈夫? また痛み出したら辛いだろうし』

(;゚ー゚)『最近は、大丈夫だよ……ずっと、治まってる……』

( ,,゚Д゚)『ん。安心した。じゃあ、頑張ってね』

 最悪の形だった。
 恋愛感情は必要ない。それを、むざむざ示したようなものだ。

 終わりかけた時を、拾うのに必死だった。

(;゚ー゚)『あ、あの、ギコ君は、バイト休憩中?』

( ,,゚Д゚)『うん? そうだよ』

(*゚ー゚)『毎日、大変だね……』

( ,,゚Д゚)『スケートとは比ぶべくもないけどね。単調なもんだし』

(*゚ー゚)『もう、慣れた……?』

( ,,゚Д゚)『単純作業はすぐ覚えられるよ。まぁ、疲労があるだけかな』

 新鮮味が、恨めしかった。
 しかし、楽しさも同時にあった。
 幾つか、質問も重ねてみた。会話が数分続く。

 満たされる、心。
 この気持ちは、なくてはならないものだ、と思えた。

( ,,゚Д゚)『じゃあ、そろそろ時間だから』

(*゚ー゚)『あ、うん。頑張ってね』

( ,,゚Д゚)『おやすみー』

 思い返してみれば、ギコ君のことは、ほとんど知らずにきた。
 話すときはいつもこちらのことばかりで、話し終えたら寝る。
 付き合い始めてから、それを繰り返してきた。
 都合の良い彼氏。自覚がなくても、事実は事実だった。

 だから今度は、自分が都合良くなる番だった。
 何かを話してもらい、そして力になる。
 窮境なのに、何故か今日の空が快かった。


('、`*川「それで、これからどうするつもり?」

 昨日より、少し空の表情は曇っていた。

(;゚ー゚)「どう、って……」

('、`*川「甘いんじゃないかなぁ」

 チョコレート菓子を口に放り込みながら、有里が言う。
 冷めた目線を外気に向けて。

('、`*川「なんかあんたが凄い嬉しそうにしてたから、復縁でもしたのかと思ったけど」

(*゚ー゚)「でも、ギコ君のこと、少し知れたから……」

('、`*川「呆れちゃったよ、私は。いくらなんでも、彼氏君のこと知らなさすぎだもん」

 本音を言ってくれるのは、ありがたいことだった。
 ただ、全てを肯定し、納得することはできない。

(*゚ -゚)「それは、そうなんだけど……。
    だから、今後はもっと知っていこうって……知れて、私も嬉しいし……」

('、`*川「取ってつけたように、彼氏君のことを構うの?
     相手は、喜ぶかなぁ。
     結局また満ち足りてるのは美咲だけって気がするよ」

(*゚ -゚)「そんなこと言ったら……私、どうしようもないじゃん……。
    じゃあ有里だったらどうするの?」

('、`*川「それを訊いてどーすんの?
     それが正解だと言えるはずがないし、参考にする意味もないじゃん。
     大体、それで元鞘になったとしても、また繰り返しになるよ」

 それは、そうかも知れないが、しかしやる事為す事否定されるのでは、全てが分からなくなる。

('、`*川「例えば、彼氏君の性欲処理の道具になるとか。そーゆーやり方だってまた一緒にはなれるよ。
     でもそんなのは嫌なんでしょ? 私にはあんたが許容できるラインっていうのが分からない。
     そうである以上、私はあーすればとかこーすればとか、何にも言えないよ」

 言っていることは正論で、反する言葉はない。

('、`*川「でも本当、びっくりした。三年付き合ってて、本当に何もしてあげなかったんだね。
     ということは、勝負は土曜日か」

(*゚ -゚)「???
    なんで?」

('、`*川「はぁ?」

 今日の天気を訊かれて、間違えたかのような反応だった。
 思わず慌てる。必死で考えても、分からない。
 土曜は、いつもどおり練習がある日だった。

('、`*川「2月14日だって、分かってる?」

(*゚ー゚)「ん……。
    あ、あぁー! そっか!」

('、`*川「……あのさぁ」

(;゚ー゚)「や、あ、あのね……
    私ね、なんかそういうイベントとか、忘れがちっていうか……無頓着っていうか……」

('、`*川「それで? 彼氏君の誕生日もキレイサッパリ忘れてたってわけだ」

(;゚ー゚)「…………去年…………チョコあげてない……」

('、`*川「っはー。誕生日どころかバレインタインまで。クリスマスは?」

(;゚ー゚)「クリスマスは、覚えてたけど……練習一日中あったから、会えないって断った……」

('、`*川「可哀想に。
     練習あろうが夜には家に帰るんでしょ?
     夜に来させて、家に泊めてあげれば良かったのに。
     彼氏君も期待したでしょうね。随分会ってなくて、寂しさもあっただろうし」

(;゚ー゚)「今にして思えばそうなんだけど……その時は、それが普通だったというか……」

('、`*川「アンタにとっては、でしょうけどね」

 今更思い返したところで、仕方のないことではあった。
 ただ、過ちは次のために活かさなければならない。
 でなければ、何のための過ちか。

(;゚ー゚)「チョ、チョコかぁ……」

('、`*川「あんた、確か料理は」

(;゚ー゚)「全く……」

('、`*川「だったよねぇ。
     でも私が手伝っちゃ意味ないしなー。市販で済ますなんて持っての他だし。
     どーすんの?」

(;゚ -゚)「頑張る……頑張る、けど……」

('、`*川「時間がない、って?」

(*゚ -゚)「睡眠時間削るもん……」

('、`*川「ま、当然よね。
     ていうか、そもそも土曜日、アンタ時間あるの? 練習は?」

(*゚ -゚)「あるけど……夜7時まで、だったかな……
    終わってすぐ行って、渡して、すぐ電車に乗れば、何とか……」

('、`*川「何で今までそれをしなかったのやら」

 呆れ返った溜息から、チョコの匂いが漂う。
 どうすればいいのか、分からない不安を、掻き立てられた。
 生徒代表で壇上に立たされているときのような気分だ。

(*゚ -゚)「今までダメだった部分は、嫌になるほど思い返した……
    だから今後は、絶対活かすもん。チョコも頑張る」

('、`*川「頑張るのはいいことだわね。それについては応援するわ。
     時計の針を戻せたら、苦労はないのだけれど」

 頭の中で過去を思い返しても、自分はその中に入れない。
 どうしようもないと分かっているのに、何故試してしまうのだろう。

 練習が終わって家に帰り、お菓子の本を引っ張り出す。
 チョコレートに特化した本ではなく、望みどおりの内容はない。

 近所にある本屋に赴く。
 人の視線が、どうしても気になる。地元だと、誰でも自分のことは知っている。
 節目がちに本を探していても、雰囲気で分かってしまう。
 望ましいことではなかった。サインを求められたりするのも、ひどく困ることだった。

 さすがにこの時期なら、本屋で簡単に見つかる。
 二冊ほど買って、家に帰った。色んな種類があるが、どれも嫌になるほど手が込んでいる。
 勿論簡単なものもあるが、それはやはり選ぼうという気になれない。
 結局、選びきれずに、視界が暗くなって、次に明るくなったときは朝だった。
 いつ眠ったのか、記憶になかった。


 今日はまた、快晴だった。
 春が足早に近付いてきたかのような陽気で、窓際で光を浴びていると、上瞼に重石をつけられたように眠かった。


('、`*川「ほえー、あんたが出歩くなんて珍しいね」

 学校に持ってきた本を、有里が捲っていた。

('、`*川「いいんじゃないの。そーゆー頑張り、私は好きよ」

(;゚ー゚)「ど、どうも……」

('、`*川「そんで、どれにするの?」

(*゚ー゚)「どれにしようかなーって……。
    手の込んだものを作りたいけど、その分失敗の可能性も大きいし……」

('、`*川「何度でも挑戦してみればいいじゃん。中には上手くできるのもあると思うよ。
     そしたらきっと分かってくれるよ。
     何度も作ってれば気持ちが込もる。そーゆー苦労は伝わるよ」

 微笑んで、頷いた。

 練習が終わってから、板チョコを十数枚買って、とりあえず家で試作品を作ってみた。
 見た目はシンプルだが、二つ重ねで兼ね合いの難しいチョコだ。
 仮にギコ君との付き合いが今も続いていたとしたら、これを作ろうという考えは微塵も浮かばなかっただろう。
 というより、手作りという発想すら、練習という言い訳の元に存在させなかったはずだった。

 フラれたのは、辛い。
 辛いのに、それからが何故か充実している。
 ギコ君のことを想う。その充実感なのか。

 暫くの後に出来たものは、見たこともないような物体だった。
 苦笑すら漏れようとしない。
 これでも、フィギュアの練習一時間に相当するほどの疲労を身体が感じている。

川 ゚ -゚)「これは、食べ物?」

 後ろから呟きのような声を出したのは、お母さんだった。

川 ゚ -゚)「台所にいるということは、食べ物か?」

(*゚ -゚)「むー……私の料理の腕は知ってるくせにー……」

川 ゚ -゚)「しかし珍しいな。というか、初めてじゃないか? 手作りなんて」

(*゚ -゚)「初めて……」

川 ゚ -゚)「美咲なら市販で済ませそうなものだが……世界選手権前なのに、何故だ?」

(*゚ -゚)「……なんで……って……」

 ギコ君と付き合っていたことは、知っている。ただ、フラれたことは知らせていなかった。

(;゚ -゚)「な、なんとなくだよ」

 余計な心配はかけたくない。
 恋愛云々のことを話したら、もっとスケートに集中しろだとか、そんなことで世界選手権を戦えるのか、などと言われることは眼に見えている。
 世界選手権は、確かに自分にとっても大事なことだった。
 しかし、ギコ君との関係がこのままだと、碌に集中できないし、それこそ世界選手権を戦えるのかも分からない。
 ギコ君を愛し、そして愛される。自分のためにもギコ君のためにも、今はそれしか考えられなかった。


川 ゚ -゚)「そうか。じゃあ、頑張ることだな。あまりに遅くならないようにな」

(*゚ー゚)「うん。おやすみ」

 お母さんは、最近体調があまり良くなく、仕事も一週間ほど休んでいる。廊下を歩く音と、咳をする音が同時に響いてきていた。

 フィギュアは、お金がかかる。
 チョコレートを溶かしながら、色んなことを思い出していた。

 お父さんが事故で他界したのは、11歳のときだった。
 悲しみに明け暮れ、フィギュアを続けることなんか考えられなかった。
 練習や試合、コーチにも見てもらうので、お金も年間で100万以上かかる。
 お父さんが居ない状況で続けられるはずもなかったし、なにより、スケートが上手になることを喜んでくれたお父さんが居ないのは、考えられなかった。

 フィギュアから2年離れていたが、時々遊びでリンクに会いに行くことがあった。
 リンクに身を委ねていると、不思議と心が温かくなる。
 忘れていたようなその感触が心地よくて、次第に滑りに行く間隔が短くなっていった。
 それを、お母さんには知らせていなかった。
 また、フィギュアをやりたい。そんなことを言ったら、家計が相当苦しくなることは分かっている。
 ただでさえ女一人手で辛いのに、またフィギュアなど、言えるはずがなかった。
 それに、もうお父さんがいない。
 喜んでくれる人がいないのに、フィギュアで上を目指す気力が続くのかも分からなかった。

 結局言い出せないまま、遊びで滑り続けた。人が少ないときにはステップやスピンの練習もした。
 そんなもどかしさの中だった。ギコ君に出会ったのは。


( ,,゚Д゚)「知り合いが運営してるスケートリンク、7時に終わって、そのあと誰も使わないから練習に使えるんだけど、どうかな?」


 初対面の、第一声だった。
 あとで聞いたところ、ひどく緊張して噛みそうになりながらの一言だったらしい。
 ただ、その時は、わけの分からない気持ちと、少しの嬉しさがあって全く気がつかなかった。

 それから毎日練習させてもらった。また、そこを運営していた人がフィギュアでは著名な人で、暫しタダでコーチとして見てもらっていた。
 そのリンクが使えたのは一年半前までで、そのコーチは外人選手指導の依頼を受けて海外に飛び立った。
 リンクも別の人に委託され、その人の許ではタダで滑り続けられなくなった。

( ,,゚Д゚)「リンクで滑ってる姿見て、狭いところなのに、凄く大きな翼が見えた。
    それを畳んでるのが凄く勿体無いって。でも、キレイだなって」

 会話をしたのは、二度。それから、リンクで練習していても、ギコ君が現れることはなかった。

( ,,゚Д゚)「好き、です」

 会ったのは、二度目。
 練習をずっと見て、終わって、軽くお話をして、告白された。
 何が何だか、また、分からなくなった。

(*,,゚Д゚)「言えたぁぁ!」

 背を向けて、突然大きな声で叫んだ。
 混乱は、ひたすら増長し続ける。

( ,,゚Д゚)「滑っている姿を見るたびに言いたいと思ってた。
    言っただけなのに、なんかスゲー嬉しいっていうか、充実感がある。あーすっきりした」

 振り向いたときの、その、笑顔。
 瞬間、全ての感情が消え去り、一つの感情が顔を出した。
 少し、赤らんだ感情が。

( ,,゚Д゚)「でも別に、付き合って欲しいとか、そういうんじゃなくて」

(;゚ー゚)「え?」

 そんなありがちな言葉に、ひどく狼狽した。

( ,,゚Д゚)「ただ、気持ちを伝えておきたくて。
    そーゆー気持ちで近付いたっていう事実は、もう、早めに知っておいて欲しかった。
    ただそれだけの話で、別に付き合ってもらえるとかは考えてな」

(*゚ー゚)「わ、私も!」

 誰が、言ったのか、一瞬分からなかった。
 自分の口が動いたという感覚が、全くなかった。

(*゚ー゚)「す、好きです。つ、付き合って、くれないの?」

 その時のギコ君の顔は、今でも鮮明に覚えている。
 笑みと照れが混同している表情。困惑しているようで、でも凄く嬉しそうな顔。
 たまらないほど、胸が熱くなった。

 最後にあの顔を見てから、もう、どれほどの時が経ったのだろうか。

 名前すら、知らなかったのだ。それなのに、何故付き合おうという気になったのか。
 理屈では、今でも分からない。ただあの時はもうそれしか考えられなかった。
 今でも、判断を間違えたとは微塵も思っていない。

 いつでも自分の前にある水道から、蛇口を捻るだけで水が流れ出てきた。
 喉を潤そうと思ったら、両手で掬って飲めばよかった。
 小さい頃からそうしてきたように、至極当然のように。

 枯渇してしまったのは、本当に最近なのか。
 ずっと前から、気付いていなかっただけかも知れない。
 水だと思って、飲み込んでいたものは、本当に喉を潤していたのか。

(*゚ー゚)(さっきよりは……)

 若干、出来が良くなった。味はさほど変わらない。
 とはいえ、この見た目では中身は大した問題ではない。
 味を気にするのは、まずこの大問題を片付けてからだ。

 チョコレートとは、違う。チョコによって解決を図る問題は、チョコとは真逆だった。

 スケートをまた始めたが、お金は当然かかった。
 スケートリンク料やコーチ代は一切かからずとも、靴や筋トレなどにかかるお金がかなりある。
 貯金を崩しても、元々の額が知れている。お母さんにも話して、生活水準を若干下げてまでお金を回してもらって何とかなっていたが、一年半でリンク料やコーチ代もかかるようになった。

 それからお金を貸してくれたのは、ギコ君だった。

 ギコ君がバイトをしているのは、自分の生活費のためだった。
 ギコ君も親を事故でなくしていて、しかも父母両方だった。
 中学までは祖父母の家で暮らしていたが、高校に入ってからはずっと一人暮らしだという。
 今は保険金とバイトで得たお金で生活している、と前に話してくれた。

 つまり、ギコ君もぎりぎりだった。
 なのに、どうしても足りない時は、なんでもないようにあっさり貸してくれる。
 大丈夫? と訊いても、大丈夫じゃなかったら貸さない、としか答えなかった。
 それもそうか、と納得していた自分を、今は張り倒したかった。

 このチョコを見ていると、懐かしい気分になる。
 未練がましい左手薬指を眺める。付き合ってから、一年強の、誕生日に貰ったものだった。
 模様がついているものの、シンプルな作りの、銀の指輪。
 冷たいような、温かみのあるあの感覚は、今も指から離れない。

( ,,゚Д゚)「手、出して」

 震えた声だったと、記憶している。
 表情を見ても、はっきり緊張に似た感情が浮かび上がっていた。
 左手を出すと、少し爪に引っかかりながら、指を通っていった。

(#゚ー゚)「なんで!?」

 怒って、指輪を突き返した。

(#゚ー゚)「彼女なの! ギコ君の!」

(;,,゚Д゚)「し、知ってる」

(#゚ー゚)「じゃあなんで中指なの!?」

 薬指を、鼻先に突きつけた。
 ギコ君が思わず体を少し引く。しかし、喜びを隠せない表情。
 思わず、笑みが零れた。


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 ゆっくり、けれどスムーズに、指の深みへ到達した。

(*゚ー゚)「嬉しい……」

 薬指を頬に当てた。冷たさのような、温かみ。快かった。


 彼氏から、初めてもらったもの。
 そういった感慨も少なからずあったのだろう。


 告白されたことが、何度かあった。
 中には、周りからかなりの人気を得ている人が、満を持して、という感じで自分に告白してきたこともある。
 その俯瞰的な態度抜きにしても、付き合う気にはなれないとはっきり感じたのを覚えている。
 ギコ君と付き合いたいと思った理屈は、やっぱり分からない。その時の感情に、名前をつけることもできない。
 ただ、それが快かったのだろうか。
 逃したく、ないと思ったのだろうか。

(*゚ー゚)(あ……けっこういい感じ……)

 六度目にして、ようやく形になってきた。
 いつの間にか、時計の短針が3を睨んでいる。
 眠気もあった。体調を考えると、もう睡眠を取ったほうがいい。
 けれど、今はこの感覚を失いたくなかった。

(*゚ー゚)(あとちょっと、続けよう……)

 またチョコを溶かし始めた。

 続ける。
 フィギュアを続ける気力を維持できたのは、ギコ君のおかげだった。

 お父さんが他界してしまってから、フィギュアの上達を喜ぶ人がいなくなった。
 自分で自分を鼓舞して、それで本当に上に到達できるのか。
 そういった不安も、足枷の一つだった。


 付き合い始めてから、大会などで入賞することをギコ君は誰よりも喜んでくれた。
 試合もほとんど見に来てくれたし、誰も興味を持たないような技術的なことまで親身になって聞いてくれた。
 救われたことが、多すぎた。多すぎるが故に、気づかぬうちに依存しすぎていた。

 そして、愛がそこになくなった。

 水を、飲みたいときに飲むことができた。
 しかし、ギコ君の前にある蛇口は、いつしか枯渇し、蛇口自体が錆びかけていた。
 たとえ水が流れても、錆の混じった赤が流れるのみだ。

 もう、そんなことはさせない。
 蛇口を、捻ることすらないように、してみせる。

 七つ目は、今までの中では最上の出来だった。
 味も悪くない。あと、二段階。
 二つ上に行けば、渡して恥ずかしくないものにできる。

 結局就寝は四時前だった。
 疲れはあるが、それを嫌悪する気持ちはない。不思議なものだった。

('、`*川「うん、悪くないんじゃない?」

 学校に持って行って、昼休みに有里に見せてみた。
 学校に来てからほとんど寝ていて、有里の顔を見るのも今日は初めてという気がする。

(*゚ー゚)「今日で、何とか完璧にしてみせる」

('、`*川「練習終わってからはキツイでしょうに。いい感じじゃない。愛が込もりまくりね。
     まぁそれでめでたく復縁となるかは分かんないけどさ」

(*゚ー゚)「気持ちが、伝われば、今はいいよ。
    ギコ君だって確か大事な試験近かったはずだし……変にかき乱したくないもん……」

('、`*川「できるんじゃない、思いやり。
     やり方が分からない、とかじゃないのね。やらなかっただけか」
(*゚ -゚)「違う……ギコ君が、させようとしなかったんだと思う……ギコ君、優しすぎるから……」

('、`*川「随分、もったいない彼氏ね」

(*゚ -゚)「ホントだね……」

('、`*川「それで、土曜は何時に会えるって?
     次の日は休みなんだし、遅いんならホテル泊まるとか、彼氏君の家に泊めてもらって、攻勢かけるとか……。
    まぁ、色々手はあると思うけど」

(*゚ -゚)「土曜……何時、だろ……」

('、`*川「はい?
     え、なに? あんたが随分張り切ってるから、もうばっちり予定とってあるんだと思ってたのに……
     まだ連絡とってないの?」

 忘れていた、といえばいいのだろうか。
 チョコに夢中になりすぎていた。

(;゚ー゚)「家に帰ってから、うん……」

('、`*川「それはそうとアンタ、眼、充血してるよ?
     そんな眼で彼氏君に会ったら引かれるだろうから、やめときなさいよ?」

(*゚ー゚)「前日はちゃんと寝るよ……眠い……」

('、`*川「彼氏君は、困りながらも、喜ぶと思うけどね。
     睡眠時間を削ってまで、ということが分かったら」

(*゚ー゚)「でも、なんかヤダよね……それをわざわざ示すみたいで……」

('、`*川「空気で分かる彼氏君だと思うけどね。だから、クマをわざわざ残すようなことは厳禁だよねぇ」

(*゚ー゚)「小さい女だと思われちゃうよね……」

('、`*川「大きいのは胸だけとかってね。
     もっとも、とっくに美咲のことなんか知り尽くしてるかも知れないけど。体以外は」

(;゚ー゚)「うー……」

 家に帰ってすぐ、電話をかけた。
 練習に向かう準備も整える。この時間なら、ちょうどギコ君は学校が終わって家に帰っているはずだ。
 高揚は、あまりなかった。気持ちは、落ち着いている。
 以前電話した時に、あっさりと出てくれたことが多分関係しているのだろう。

( ,,゚Д゚)『もしもし』

(*゚ー゚)『あ、ギコ君』

( ,,゚Д゚)『こんにちは、椎名さん』

 以前に、聞いた言葉。
 なのにやはり、何度聞いても慣れられそうにない。
 それは、付き合い始めた頃の気持ちと似ていた。

( ,,゚Д゚)『今から、練習?』

(*゚ー゚)『え……あ、う、うん。そうだよ。ギコ君は、バイト?』

( ,,゚Д゚)『ん。今から家出るところ』

(*゚ー゚)『そうなんだ、頑張ってね』

( ,,゚Д゚)『椎名さんも』

 極々自然な会話に、少しながらも充実を覚える。
 ずっと渇いていた喉は、僅かな水でも機嫌が直るかのように潤っていく。
 ただ、潤いで満たすために、もっと多量の水を欲してしまっているのも事実だった。

(*゚ー゚)『あ、あのね、ギコ君。ひとつ、聞きたいんだけど……』

( ,,゚Д゚)『何?』

(*゚ー゚)『明後日……って、時間ある?』

 バレンタインという言い方も、2月14日という言い方も、土曜という言い方も避けた。
 驚かせたい気持ちが、あった。

 浅はか、だった。

( ,,゚Д゚)『ゴメン、朝から夜までバイトあるんだ』

 気づかなかった。瞬間、膝が折れたことに。
 携帯も、手から逃げ出そうとしているかのようで、しっかり握っていないと溢してしまいそうだった。

(;゚ -゚)『そう……なんだ……』

 震えている、情けの無い声。
 追いかけさせたツケを、払わされているのか。

 諦めることを、まず、やめたかった。

(;゚ -゚)『5分でいいの! 会いたい……勿論、私がそっちに行くから……。
    こっちに戻ってこれる終電が10時2分……それまでに……駅に、来られないかな……?』

 この感情は、なんなのだろう。
 切なさとはどこか違う。苦しみと大別できそうなのに、それも恐らく居場所を間違えている。
 ギコ君の、あの時の顔が思い浮かんでくる。

( ,,゚Д゚)『…………うん……多分、無理……ゴメン……』

 どうしても、会いたいのに。なのに、会えない。
 自分の足元に、目の前にあれば、泣きたくなるほど気持ちがよく分かった。

(*゚ -゚)『私、待つから……ぎりぎりまで、待つから……』

( ,,゚Д゚)『時間を、無駄にさせられない……10時2分は、無理……。
    ゴメン、ホント……椎名さんは絶対時間を無駄に費やすだけだから、来ないほうがいい……』

(*゚ -゚)『それでも、待つから……』

 別れの一言を告げて、すぐに電話を切った。
 この感情が、喉を塞いで、会話どころか息すらできそうになかった。

 もう、彼氏ではない。それを、示しだされた。
 いや、わざと示したのかも知れない。もう、椎名美咲の、都合のいい道具ではない。
 それを、心に植えつけたかったのかも知れなかった。
 被害妄想だと自分を納得させても、練習に身は入らず、何度もコーチの鋭い言葉が襲い掛かる。

 追い続ける。
 いつも、ギコ君の横顔だと思っていたものは、一体なんだったのだろう。
 追いかけさせて、そして今は追いかけている。
 ギコ君の横顔を最後に見たのは、一体いつだ。
 何故、思い出せないのだ。

 この苦しさを、チョコに込めたくはなかった。
 だから、チョコを作るときはひたすらギコ君のことだけを考えた。
 喜ぶ姿だけを思い浮かべた。
 それは、チョコを上手く作るより、難しいことだった。

 出来そのものはかなり良くなってきた。雑念は振り払う。一心不乱だった。

(*゚ー゚)(……あれ?)

 ひたすら作り続けていたら、いつの間にか板チョコが冷蔵庫から姿を消している。
 今日も10枚程買ってきたのに、それを使い切ったという感覚がまるでなかった。
 もう日付が変わっている。しかし、今の感覚は失いたくない。

 少しだけ身振りを整えて、コートを着て家を出た。
 コンビニまでは、歩いて5分程。人気は一切ないが、そう暗くはない通りだった。

 風が、今日も冷たかった。
 身を切られる。髪が攫われる。思い出さざるを得ない、あの公園での出来事を。
 思い返すたびに、眼を伏せたくなる。
 しかし、伏せても視界はそう変わりなかった。

 追いかけさせ続けていたことに、何故気づかなかったのか。
 後ろからの、足音に、息遣いに。

(;゚ー゚)(!?)

 振り向けなかった。コンビニでチョコを買い終えて、家までは、あと1分。
 遠い、遠すぎる。
 脚も、竦んでいる。若干の遅速に、対応してくる。
 付かず、離れず。

 油断、していた。少し前なら、こんな道は絶対通らなかったのに。
 思い切って、走った。
 互いの足音が、大きくなる。影が、自分の後ろにある。
 どれだけ急いでも、どうしようも、ない。

 駆け込んだ。家の玄関の鍵をかけずに来たのは正解だった。
 すぐに鍵をかける。瞬間、膝が折れた。
 ギコ君の顔が、浮かぶ。守って、お願い、守ってください。
 声に出していたか、自分でも分からなかった。
 空知らぬ雨が、玄関に潤いを与えている。
 不本意な涙は、一粒で消してしまいたかった。


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 結局、夜遅くまで粘っても、納得のいくものには仕上がらなかった。
 精神不安定も、関係はしているだろう。
 言い訳にしたくはないが、あんなことがあった後ではやはり無理だ。

 ただの記者か。それとも、度を超えたファンか。
 記者の可能性は充分有り得た。最近の過熱気味報道。それを考えれば、こんな夜遅くまで家の近くで張り込んでいる可能性はある。
 ただ、追いかけまでしてくるのかどうかは分からなかった。
 そう考えると、やはりストーカー紛いのファンか。気持ちとしては、記者でいてほしかった。

(;゚ -゚)「昨日は、厄日でした……」

('、`;川「チョコがようやっとまともになってきただけか」

 金曜。
 有里の顔も、少し焦り気味だった。

('、`*川「そのストーカーらしき男はさ、けっこう前からいたんでしょ?」

(;゚ -゚)「うん……それらしき気配は、前から感じてた……。
    最初は、ただの記者だろうな、って思ってたんだけど……ちょっと、違うかなぁ……って……」

('、`*川「彼氏君に相談したことは?」

(;゚ -゚)「あるよ、勿論……どっちも有り得ると思う、って言ってたけど……」

('、`*川「そりゃまぁ、傍らに居なきゃ分かるわけないわよね」

(;゚ -゚)「皮肉、多くなったね……」

('、`*川「言われるようなことやってきたんじゃない」

 返す言葉は、やはりない。

('、`*川「で、チョコは? 会ってくれなくても行くっていうその気概はいいけど、チョコの出来は?」

(;゚ー゚)「あんまり、変わってない……」

('、`*川「今日次第か」

(*゚ -゚)「うん……頑張る、けど……」

('、`*川「けど何?」

(*゚ -゚)「不安は、正直大きいよ……知らなかったんだもん……。
    背中って、凄く冷たい……凄く、怖いんだって……」

('、`*川「誰が見続けてきたと思ってんのよ。振り向きもしない背中を」

(*゚ -゚)「しかも、凄く小さな背中だよね……私なんかまだ、いいほうだ……。
    手を伸ばせば、届かないこともないもん……」

('、`*川「最近はもう、背中すら見えなかったかもね。足跡だけを辿って」

(*゚ -゚)「それでいて、私が呼べば何故か隣にいたんだ……何も、悟らせないような笑顔で……」

('、`*川「なんとも楽に道を歩いてきたのね」

(*゚ -゚)「石があればどけてくれて……坂があれば抱えてくれた……。
    それを私、極当然だと思って、私の足だと思って歩いてきた……」

('、`*川「過ちは犯してしまうものよ。人間である以上仕方ない。だから猛省して、活かすしかないわね」

(*゚ー゚)「今度は、支えあいたいな……」

('、`*川「そうでなければ、意味がないものね」

 支えるだけでは、意味がない。
 本音を言えば、ギコ君に尽くすだけ尽くしたい。しかし、それは意味がないという過ちはもう経験している。
 支えて、欲しい。だから、支える。
 もう何度も頭の中を往来している思いだった。

 しかし、本業ともいえるフィギュアは苛立つようなことが多かった。
 自分の不甲斐なさも当然そうだが、自分の為を思って言ってくれている津川コーチの注意すら癇に障る。

ξ ゚⊿゚)ξ「今日は終わりにしましょう。何をやっても無駄だわ」

(*゚ -゚)「……すみません」

ξ ゚⊿゚)ξ「謝って改善されるなら苦労はないわね」

 なら、どうしろと言うのか。そう反論することに、意味もない。
 真剣に打ち込んでないのは、事実だった。

 ただ、ギコ君に支えてもらわなければ、何だか融けつつあるリンクで滑っているような感覚に襲われる。
 ギコ君が居なくなって初めて気づいたことだった。
 練習が辛くても、ギコ君に相談すれば忘れられる。上手く滑れれば、喜んでくれる。
 今更ながら、その支柱に寄りかかる有り難味を痛感した。

 だから今度は、ギコ君にも寄りかかってもらう。
 また同じことを考えてしまって、そのことに少し笑った。

 ギコ君の声を、思い出しながら、制服に着替えていた。学校からリンクへは直で来ている。

ξ ゚⊿゚)ξ「椎名さん」

 いつもは、美咲ちゃんと呼ぶのに。
 津川コーチが、こんな余所余所しい呼び方をするのは、ひどく不機嫌なのを隠せないときだ。

ξ ゚⊿゚)ξ「世界選手権は、いつ?」

(*゚ -゚)「……来月です」

ξ ゚⊿゚)ξ「そう、知ってたのね」

 もう最近はずっと、詰られてばかりだ。
 これも、階段なのだろうか。息は切れ続けている。平坦な道すら背負ってもらっていたツケが、回ってきているのか。

ξ ゚⊿゚)ξ「そして、金メダルを狙ってる。表彰台の、頂点を」

(*゚ -゚)「……はい」

ξ ゚⊿゚)ξ「どうして肯定するの?」

 回りくどい言い方は、好きではない。
 今の精神状況なら、尚更だった。

 早く家に帰って、チョコを完璧にしなければ。
 この段は、まだ踏むときじゃないのに。もう少し、待ってくれてもいいのに。

ξ ゚⊿゚)ξ「狙う滑りを分かってるの? メダルのために、何年滑ってきたの?
    去年の世界選手権4位は私も嬉しかった。来年はもう、メダルは確実、金も狙えると。
    実際、成長してきた」

 何も、知らないくせに。
 呟こうと思ったが、上唇と下唇は一つになったままだった。

ξ ゚⊿゚)ξ「なのにもう、全部台無し。
    "ボレロ"を踊れるだけの表現力もついてきたのに、今日の滑りはもう、遊びも同然。
    地区大会のメダルでも欲しいの? なら私は褒めてあげるけど」

(*゚ -゚)「……違います」

ξ ゚⊿゚)ξ「そうね、当たり前よね。そんな子を教えた覚えはないもの」

 論駁(ろんばく)したいことは、多くあった。
 ただもう、それで長引かせたくない。早く、帰らせて欲しい。

ξ ゚⊿゚)ξ「金メダル、獲りたくないの? みんなの期待は、どうするの?」

(*゚ -゚)「……獲ります。応えます」

ξ ゚⊿゚)ξ「なら、明日からは、分かってるわね?」

(*゚ -゚)「はい」

ξ ゚⊿゚)ξ「じゃあ、お疲れ様」


 頭を下げて、すぐに飛び出した。
 心の中で、蠢く雑念。フィギュアは、確かに大切だった。

 メダルを獲れば、堂々とお父さんの墓参りにも行ける。
 ずっと支えてきてくれたお父さん。もし生きていたときに、金メダルを獲っていたら、どんなに喜んだだろう。
 そう思うと、尚更金メダルを首にかけて報告に行きたい。

 けれど、あの優しかったお父さんならきっと、今一緒に居られる人との関係を優先しろ、と。
 一番大切な人のことだけを考えろ、と。そう言ってくれるはずだった。

 しかし、どうしてもフィギュアのことは頭の端々で飛び交う。
 これを、雑念と捉えていいのか、分からない。
 だが、チョコ作りが捗らないという事実は存在していた。

 頭の中で想いが対立しているのに、揚棄には至りそうにもない。
 そして、手の中で作り上げる宝物は襤褸のような姿しか見せない。
 何もかもが、噛み合わない。

 全てを欲しているのに、何も手に入りそうにない。
 なら何のために今、眠気をこらえてまで必死になっているのか。
 分からなくなり、全てを投げ出したくなる。

 それでもまた太陽に出会えた頃、一応それなりのものが出来上がった。
 作り上げること三十余個。これだ、と思えるものには仕上がらなかった。
 それでも、精一杯だ。できる限りを尽くした。
 ここはもう、妥協しておくしかない。

 土曜の、朝。

 少し休んで、練習に行く準備をする。
 2時間程度しか寝ていないが、充足に似た感情があった。
 どこから沸いてくるのか、自分でも分からないような自信。
 今日ギコ君が来てくれるかも分からないのに、昂揚を抑えられなかった。

ξ#゚⊿゚)ξ「そのジャンプ降りられなかったら終わりよ! 分かっててやってるの!?」

 思ったとおり、というべきではないのだろうが、練習は上手くいかなかった。
 もう四回転を最後に決めてからどれほどの時が経ったか。練習ですらまともに決められない。
 ギコ君と別れてからの練習では、着氷したあとそのまますぐ倒れてしまうことが多かった。

 寸暇すら与えられぬ午前の練習で、昼食を胃袋がつき返したがるようにして受け入れない。
 気分は否が応にも盛り下がってくる。
 あとの6時間のことは、想像するだけで無理やり詰め込んだものが飛び出しそうになる。

ξ ゚⊿゚)ξ「何があったのか知らないけど、今の意味の滑りを続けて、一体どうするつもりなの?」

 陽も色を変える頃、10分の休憩を与えられて、リンク外で休んでいたら、相も変わらず不機嫌な津川コーチの声が耳に入る。

ξ ゚⊿゚)ξ「椎名さんがスケートを続ける意味、自分で分かってるの?
      頂上のためじゃないの? 自分を高めて、その姿を見るためじゃないの?」


 半分、流し聞きだった津川コーチの言葉。
 それが、鋭く耳を刺す。

 はっとした。

 錯乱した。何のためか。
 誰かのため。自分のため。

ξ ゚⊿゚)ξ「何か悩みを抱えてるなら、今は捨て置きなさい。いつでも解決できるでしょう。
    でも世界選手権は年に一度なのよ。トップの機会もそう訪れるものじゃない。
    狙えるときに獲らなくてどうするの。もっとよく考えて滑りなさい」

 全ては、フィギュアでトップを取ることに繋がっている。
 それなのに、何をやっているのか。

 何もかも、スケートのためではなかったのか。

 それから7時前まで、久々に満足のいく練習ができた。
 雑念を、全て振り払えていた。
 これを求めていたのではないのか。そのために全てを繋げたがっていたのではないのか。

ξ ゚⊿゚)ξ「大丈夫、きっと金が獲れるわ。今のままでいけば、大丈夫。頑張りましょう」

(*゚ー゚)「はい!」

 そうだ、金メダル。
 それを取るために、これまでどれほどの労苦を重ねてきたのか。
 些事でその搭を全て崩してしまっていいのか。


 外に出たときの時刻は、6時54分。
 今から駅に行けば、予定通りだ。

 しかし、今はその意味を考えてしまう。

 今日の練習を続けられるなら、わざわざギコ君と復縁する必要は、ないのではないか。
 10時2分は、どうやっても無理だと本人も言っていた。なのに行く意味はあるのか。
 今日の疲れきった体に鞭打って、時間を空費させる意味は。

 時間を見るためだけに開いた携帯を閉じた。
 自由な時間が生まれた。そう考えると気分が昂ぶり、久々に自由に買い物をした。
 髪を下ろしていると、不思議と気づかれにくい。

 時を忘れていた。
 店を出たら、10時ちょっと前。

 そして、震える携帯。

('、`*川『どうだった!? 上手くいった!?』

 興奮気味の有里の甲高い声が脳まで刺激する。
 それを少し気だるく感じる自分がいる。

(*゚ -゚)『……こんばんは、有里』

('、`;川『……な、なに……ダ、ダメだったの……?』

(*゚ー゚)『行ってないんだ』

 なんでもないように言ってみせた。
 今の自分の考えを話せば、有里も理解してくれるだろう。

 そう、気軽に考えていた。

('、`;川『……は……?
     ……発言の意味がよくわかんないんだけど……?』

(*゚ー゚)『なんか、違うなって。
    意味がないっていうかね。私、なんか間違えてた。
    ちょっと錯乱してたんだと思う。フィギュアが基本なのに、それを疎かにして、私』

('、`#川『バカじゃないの!?』

 全身を揺るがされるような声に驚いて、横の電柱にぶつかりそうになった。
 体の震えは、何が原因だろうか。

('、`#川『アンタ本気で言ってんの!? 今までなにやってきたの!?
     そんなバカげた考えしかできなかったの!?』

(;゚ー゚)『わ、私だって』

('、`#川『なんにも分かってない! 最低!
     アンタさっき自分で何言ったか分かってんの!? またループしてんだよ!?』

(;゚ー゚)『ループ……?』

 寒空が、自分を睥睨している。
 今感じるこの恐怖は、それだけではない、と分かっていた。

('、`#川『なんのためにチョコ作ってたの!? 答えなさい!』

 錯乱する頭で、必死に考えても、言葉の一片すら浮かんでこない。

('、`#川『今のアンタの考えだと、チョコを作ってたのは、彼氏君とよりを戻してまた練習に集中するため。
     そうだよね?』

(;゚ -゚)『……うん……』

('、`#川『ほら繰り返してる!』

 近くの公園の時計が、視界に入った。
 秒針が、足早に進んでいく。元の位置に、戻りたがるようかのに。

('、`#川『彼氏君はアンタの都合のいい道具じゃないんだよ!?
     なんのためによりを戻すの!? 愛し愛されるためじゃなかったの!?
     アンタ、フィギュアに繋げることしか考えてないの!?』

 体が震えるのは、きっと寒さのせいだ。
 頭の中で、きっとそうだと考え、そんなわけはないとも考えていた。

('、`#川『ほんっと最低。最近はやっと彼氏君のこと思いやれるようになったんだなって感心してたのに。
     なんだ、口だけだったんだ。アンタってその程度だったんだ』

(;゚ -゚)『わ……私は……』

('、`#川『ほら、また自己弁護しようとしてる。
     バカじゃないの? なんで意味がないって気づかないの?
     アンタ、本当に彼氏君のこと、愛してたの?』

 即答、できるはずがない。
 答えられるだけの行動は、何一つしていない。

 この寂寥感に、偽りはない。なのに、それを埋めてくれるギコ君を、自ら掘り出して顧みなかった。
 そして、違う場所にギコ君を埋めなおそうとしていた。

('、`#川『何黙ってんの? ぼーっとするくらいなら彼氏君に連絡しなさいよ!
     アンタどーせ何も言ってないんでしょ!? 待ってたらどーすんの!?』

 また、はっとした。
 そういえば、何の連絡も入れていない。

 いや、待っているはずはないのだ。
 待つ理由が全くない。あるとすれば、あるとすれば――――。

 有里との電話を切ってすぐ、ギコ君にかけた。
 大丈夫だ、出るはずもない。まだバイトをしているはずの時間なのだ。
 なのに電話に出るなど、有り得るはずがない。
 そうだ、ない。

( ,,゚Д゚)『もしもし……』

 驚きで、転げそうになった。
 色んな可能性を、頭の中で探った。
 どれも、自分に都合のいい解釈ばかりだった。

(;゚ー゚)『バイト……終わったの……?』

 何故、そんな言葉しか出せない。
 自分で自分がひたすら恨めしい。

( ,,゚Д゚)『……や……』

(;゚ー゚)『お、終わってないの?
    え……あ……あ、えっと、ゴメンね……。
    その……今日、実はそっち行けなくなっちゃって……』

 最悪の一言だ。
 また、無意識に自分を擁護した。行けなくなったのではなく、行かなかっただけなのに。
 まだ諦めがつかず、わずかな希望にしがみつこうとして、無様さだけを際立たせている。

( ,,゚Д゚)『そっか……良かった……』

 あまりに、意外すぎる一言による動揺で、視界すら安定しない。
 それは、体の震えも関係しているのか。

( ,,゚Д゚)『最近、列車事故とか多かったからさ……なんか、有り得ないとは思いつつも、心配してた……』

(;゚ー゚)『……え……?』

( ,,゚Д゚)『だ』

 声が聞こえなくなったのは、耳を塞いでしまいたかったせいも、あるのだろう。


 しかし、判然と耳に残った、電車が通り過ぎる音。


 何も見たくない、聞きたくない。
 そう願う自分の愚かさは、一体何なのだ。
 膝の震えが、止まらない。


(((((;゚ -゚)))『ギコ……君……』

( ,, Д )『……バカだよなぁ……俺……。
    自分で来ないほうが良いって言っといて……ホント……何やってんだろ……』

(;゚ -゚)『ギコ君! ちょっと待って!』

( ,, Д )『何もないよ、待つことなんて……
    椎名さんは、世界選手権近いんだから、それにひたすら集中しなきゃ……。
    じゃあ、頑張ってね』


6_20091228200702.jpg



 一筋、ローファーに当たる涙。
 そんな資格も、どこにもないのに。
 自分が引き起こしたことに、何故、涙を流せるのだ。

 例え今が昼であったとしても、同じ空を見ているだろう。
 そんなことをぼんやり考えながら、どこにも行く気になれず、ふらふらしていた。

('、`*川「美咲」

 声がなかったら、肩を叩かれただけなら、逃げ出していただろう。
 まったく警戒心がなかった。ついこないだ、追いかけられたばかりなのに。

(;゚ -゚)「有里……」

('、`*川「すぐ近くに公園あったよね。ちょっと行こ」

 有里の顔は、いつもと変わらなかったが、慰める気があるような顔ではなかった。
 もっとも、そんなことを期待できる心境でも状況でもない。


( ゚ -゚)「死んじゃおうかな……とか……考えてた……」

('、`*川「いいんじゃない?」

 近くの自販機で買ってきてくれたコーヒーを握り締めていた。
 有里はもうフタを開けて飲み始めている。

('、`*川「来世で彼氏君に尽くすのも、いいかもね。
    今ならまだ彼氏君が若いうちに輪廻転生できるかも知れないし」

 いつもの痛烈さに、磨きがかかっている。
 それも、当然のことだった。

('、`*川「根本的なことから聞きたいんだけど、チョコはどんな出来だったの?」

(*゚ -゚)「……満足とは、いかなかったよ……」

('、`*川「でも一生懸命作ったんでしょ? 何度も」

(*゚ -゚)「……うん……でも、私は……」

('、`*川「私が思うに、アンタがさっき私に言った変な考えは、今日変わったものじゃない?
     昨日までのアンタなら絶対言わなかっただろうし、大体チョコも作らなかったはずだよね」

(*゚ -゚)「……コーチにね、言われたの……。
    何のために今まで頑張ってきたの? フィギュアでトップを獲るためじゃないの?
    抱えてる悩みがあるなら、今は捨て置きなさい……って……」

('、`*川「そんで、それに同意しちゃったの? あぁそうだなって?」

(*゚ -゚)「フィギュアの練習が、全然上手くいってなくてね……。
    私の中で、色んな思いが混同して、分かんなくなってた……。
    何を、優先すべきなのか……私にとっての一番は、何なのか……」

('、`*川「人間は強欲だから、自分を一番に考えるのは仕方ない。
     でもアンタは、その一番を考えたときに、彼氏君が必要って結論だったんじゃないの?」

(*; -;)「だったのに……なんでなのか、私も分かんないよ……
    自分を擁護するつもりはないけど……でも……」

('、`*川「アンタは立場的にも難しいのは私だって分かってる。
     でも、だからこそ私はもっとシンプルに考えてるんだと思ってた。
     彼氏君のためになることが、即ち自分のためにもなる、って。そんな考えを持ってるって」

(*; -;)「思ってたよ、私も……。
    でも……世界選手権が、年一回ってことを考えたら……。
    それを疎かにしてまで、って言葉にね……凄く納得しちゃったの……。
    私、フィギュアを切り捨ててまで何やってんだろって……」

('、`*川「……ねぇ、一回訊いとく」

 有里に肩を掴まれた。
 真剣味に、拍車がかかっていた。

('、`*川「アンタ、今一番大事なのは、何だと思ってる?
     フィギュア? 彼氏? 思い出? 義理?
     ねぇ、もう一回よく考えてみて。彼氏君には今までいろんなことをしてもらった恩もあると思う。
     けど、一回それを無しにしてみて。
     難しいとは思うけど、そうじゃなきゃ、彼氏君に失礼だし、何も上手くいかない」

 考え込んでも、答えは出そうにない。
 どう答えても、真実と虚偽の両面を都合よく覗かせるだろう。

('、`*川「凄く難しいって分かってて私は言った。
     多分、アンタも今まではっきりした結論は出してこなかったんだと思う。
     でもアンタは出さなきゃいけなくなってる」

 こんな自分のことを、思って言ってくれている。
 それを強く感じた。

(*゚ -゚)「ありがとね、有里……」

 軽く笑ってそう言うと、照れを隠すように顔を伏せた。互いに。
 真面目にありがとうと言うとどこか気恥ずかしかった。

 家に帰っても、ひどく疲れているのに眠れなかった。
 今日のことは、反省し尽くせないほど自分でも呆れる最低の行動ばかりだった。
 それが、眠れない理由としては半分くらいだろう。あとの半分はやはり、先ほどの有里の問いかけ。
 考えれば考えるほどに分からなくなっている気がしていた。

 ギコ君の顔を思い浮かべたかった。けれど、何故か全く浮かんでこない。
 この切なさは、恐らく辞書を引いても適切な言葉を探せないだろう。
 しかし、それも全ては自分のせいだった。

 恐らく、笑顔だけはこのままでは永久に思い出せないだろう。
 最初のあの笑顔だけは、絶対に忘れないと思っていたのに。
 翳った笑顔は、もはや顔であるかすら分からなくなっている。

(*゚ -゚)(ギコ君には……返さなきゃいけないもの、いっぱいあるのに……。
    もう、会ってくれないかな……電話……しても、無駄だよね……)


 あれだけのことをして、それでもまだ崖から垂れ下がっているロープを掴みたがっている。
 もう落ちてるんだよって何度言い聞かせても、それでもまだ空を見続けている。
 まだ飛べている、と思い込んでいる。

 夜2時。
 ここ最近、ずっと満足に眠れていないのに、夢からの誘いはまだない。

 以前なら、こんな夜は必ずギコ君に電話していた。
 満月が見たいのに、新月がどこか鬱蒼とした光を放つような夜。
 迷惑に決まっている。いつもそういった躊躇いは、あるにはあった。
 けれど、いつも眠気を全く感じさせずに電話に出てくれる。その、優しさ。

 なくなって初めて気づくものが、多すぎた。

 しかしやはり、このままではフィギュアに専念など、到底できそうにない。
 そういった結論は、もう既に出したはずなのに。心の中に、甘さがあった。
 大丈夫だ、という漠然とした安心。
 ギコ君はまだ、自分のことが好きなのだから。どこかで、そう考えていた。
 このバカバカしさには、もはや何の感情も湧いてこない。

 それでもまだ、愚直さで前に進むしかない。
 形振りには構っていられない。とにかくひたすら謝って、そして、また一度でいいから会ってもらう。
 空いている日があるなら、その日は練習を休んででもしっかり話したい。
 また付き合ってもらうなど烏滸がましいことは、今は考えられないが、それでも将来から流れてくる希望を見つけ出せればいい。

(*゚ -゚)(絶対、寝てるだろうけど……)

 携帯を握った。

 月明かりでも、充分過ぎるほど明るい夜。
 新月の夜なのに、何故かそう感じた。

 電話をかける。
 今までなら、絶対に出てくれた。今なら、絶対に出てくれないだろう。
 迷惑さも重々承知だった。ただの足掻き。
 ひたすら申し訳なく思う限りだが、まだ、ギコ君が少しでも自分のことを想っていてくれたら。
 あれだけのことをして、それでもまだ少しの好意を失わないでくれたら。
 ひどく自分勝手な希望でも、今はしがみつくしかない。

 小さく耳に響くコール音。十四、十五。
 出て、くれない。

 当然のことなのに、少し昂ぶっていたせいか、落胆する。
 もしかしたらを、捨てられなかった。
 携帯を耳から離して、またベッドに潜りこもうと思った、瞬間。

 はっきりと、伝わる声。

(*゚ー゚)「ギコ君!?」

( ,,゚Д゚)「こんばんは」

 涙が、零れそうだった。
 優しい声。眠れないときの、聞き慣れた声。
 やはり、これだ。これがあってこその、自分だ。

(*゚ー゚)「ギコ君! あのね」

( ,,゚Д゚)「眠れないの?」


 明らかに、無理やり遮った声。
 それ以上、言わせまいとするギコ君の気持ちが、伝わってきてしまう。
 それでも、言わなければならないのに。何故か、喉が焼けたように痛い。

( ,,゚Д゚)「お話、してあげよっか」

 子供を、あやすような口調。
 優しさの中の、暗さ。否が応にも、それを感じてしまっている。

( ,,゚Д゚)「ある国に、一人の男と一人の女がいました」

 一体、何の話なのだろう。
 これ以上、一言も聞きたくない。しかしやはり、口は一文字から変わりそうにない。

( ,,゚Д゚)「女はその国の王女、一方男は国の軍兵。
    密かに愛し合っていた二人ですが、その関係を他人に口外したことはなく、二人は満足な付き合いをできずにいました」

 今在るのは、ただ恐れのみだった。

( ,,゚Д゚)「身分の低い男は、とても王女と結婚などとは考えられませんでした。
    けれど王女は、身分など全て捨ててしまってもいい、あなたと一緒ならとの覚悟で結婚を決意しました。
    しかし、それをどこからか嗅ぎ付けた王は、次の戦でその男を劣勢極まる最前線へと出兵させました」

 二人に、重ね合わせているのか。
 しかし、どこか違う気もする。合わない箇所も少なからずある。

( ,,゚Д゚)「男は、迷っていました。彼女の気持ちは、凄く嬉しく思う。
    けれど、自分は身分も低く、全てを捨てる彼女を養っていけるのか、自信がありませんでした。
    いずれ、行き倒れてしまうのではないかと。そんな自分に、彼女を娶る資格はあるのかと。
    理想と現実の狭間で彷徨する男は、最前線で自分の率いる軍が散々に打ち破られ、責任を取らされて軍を去ります」

(;゚ -゚)「…………」

( ,,゚Д゚)「けれど、男はそれで良かったと安心しました。
    他人による明確な、彼女から、言わば逃げる理由が生じたからです。
    それが彼女のためだと自分を納得させて、誰にも分からぬように国を出ました」

 この話が、何の意味を持つのか。
 分からないふりを、しているだけだった。

( ,,゚Д゚)「俺には、椎名さんを抱えて歩ける自信なんてなかった。
    これだけの距離もあって、駄目だな、って。きっと役に立たないなって。
    椎名さんの彼氏でいる資格、ないよ」

(;゚ -゚)「違う! 役に立つとか、そんな道具みたいな考え方しないで!
    私は、ギコ君と一緒に居られる時間は打算とか全部忘れられる!
    私の全部、捧げたい……」

 相変わらず、口だけもいいところだ。
 しかし、今はそれでもいい。何とか、繋げたい。

( ,,゚Д゚)「俺なんか、そこまでしてもらう資格ないんだってば。
    今まで俺が椎名さんに何をしてあげれたの?
    そんな俺に、まだ彼女でいてもらうなんて、烏滸(おこ)がましいも」

(;゚ -゚)「なんで自分をそんなに下げるの!? 何もしてないのは私のほうだよ!?
    いっぱい相談に乗ってもらったし、お金が苦しいときは助けてもらった!
    今だって、こうやって、私が眠れないってだけで付き合ってくれてる……。
    ねぇ、私は何したの!?」

( ,,゚Д゚)「俺が椎名さんを一方的に好きになって……。
    スケートリンクとかの恩を感じてたから椎名さんは付き合ってくれた。
    だから、もう」

(;゚ -゚)「違う! 恩を感じたとかじゃない! 私は、私は――――」

 窮した。
 あの笑顔に、魅せられた。分かっているのに、声が出ない。
 都合よく焼きつく喉が、何故か好調だった。

( ,,゚Д゚)「……なんか、ゴメン。眠ってほしかったのに、眠れないようなこと言っちゃって……」

(;゚ -゚)「そんな……こと……」

( ,,゚Д゚)「また付き合ったところで、多分、意味ないよ……。
    だから、お願いだからフィギュアに専念してほしい……。
    俺はこれからも、椎名さんの一ファンであり続けるから。
    ずっと、応援してるから。ファンの期待は、裏切らないでね。
    じゃあ、おやすみ」

 ほとんど、一方的だった。

(;゚ -゚)「待って……最後に、ひとつだけ……」

( ,,゚Д゚)「……何?」

(*゚ -゚)「……私のこと……まだ……少し……
    ほんとに、少し……好きな気持ち、ある……?」

 訊いてしまった。
 最悪の、質問をしてしまった。

( ,,゚Д゚)「少しの好きなんて、ないよ……」

 今日は、新月の夜。
 月明かりは、ない。

(  - )「ありがと……おやすみ……」

( ,,゚Д゚)「苦しいほどの……抑えがたい愛情だけ……」

(*゚ -゚)「……え?」

( ,,゚Д゚)「おやすみ」

 言い終わったかどうか、分からないほどすぐ切られた。

 好きで、いてくれていた。
 それは、僅かな希望と、多大な絶望を与えられるものだった。

 愛情があって尚、復縁のつもりはない。それはつまり、どうしようもないということ。
 山頂に登って、更に上を目指せと言われているようなものだった。

 本当に、この世に月などというようなものが存在するのか。
 ぼんやり考えていたら、いつの間にかそれを忘れるような太陽が昇っていた。
 太陽は、一定の姿しか見せないのに。何故、月は日によって違う表情を空に浮かべるのか。
 常に満月であれば、何も考えずに済んだのに。


('、`;川「会えないのが辛くて、別れたんじゃなかったの?」

 皮肉なことに、日曜の練習は恐ろしいほどに捗々しく進んだ。
 何も、考えていなかった。スケート中に、雑念が消えることなどほとんど無かったのに。
 そのせい、そのおかげで、充分過ぎるほどの練習内容となった。

(*゚ -゚)「自分の小ささ……ひっくるめれば、そういうことだと思う……」

('、`;川「一人でなんでも抱えちゃうタイプなのね、彼氏君は」

 また有里が相談に乗ってくれるのは嬉しいことだったが、しかし、それも今後意味はあるのか。
 ギコ君の背すら、もう、見えないのに。

('、`*川「諦念を持つのは、悪いことじゃないわ。
     世の中に停滞するものなんかない。時計の針は常に動いてゆく。
     アンタも、いつまでも同じことをしていられる立場じゃないんだから」

 分かっている。分かっているのに、諦めきれない。
 初めて、好きになって、人生初の、恋人だった。
 全て自分のせいだというのも勿論分かっている。それなのに諦観できない、というのが自分勝手甚だしいのも、全て。

 けれどもう、これ以上の足掻きは、ギコ君を苦しめるだけだ。
 同じ道を、歩んできた。けれど、絶えず二人は同じ歩幅では歩いてこなかった。
 ギコ君は、ずっと足跡を追い続けて、そして、辿るのを諦めた。
 追いかけても見えもしない背中。自分なら、追いかけようとしたかも分からない。

 世界選手権の直前直後には、多くの取材を受ける。それを全てこなせば、シーズンオフ。
 恐らく、ギコ君に借りたお金も一括で返せる。

 それが、ギコ君との完全なる決別だった。

 まだ、返したいものはある。けれどそれを為そうとは、ギコ君がさせないだろう。
 もがくことが、ギコ君の心を苦しめるなら、もう何もできなかった。

 叫んでも、叫んでも、もう二度と、振り返りはしないだろう。
 そして恐らく、自分もこれからはこの道を、この景色を振り返ることは少なくなる。
 けれど、足跡は傷跡のように残っている。心に、刻み付けた足跡。
 ちょうど、スケートリンクで舞うように。

 それからは、もう、フィギュアのことしか頭になかった。


7_20091228200733.jpg








 前編 終了

             ~後編へ続く~






この小説は2006年11月18日から2006年11月19日にかけてニュース速報(VIP)板に投稿されたものです
作者は◆azwd/t2EpE 氏
前編、後編の2部構成です
後編はこちらへどうぞ
記事元はブーン芸VIPさんになります


ご意見等あれば米欄にお願いします



[ 2009/12/28 20:11 ] ナギ戦記 | TB(0) | CM(0)

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