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( ^ω^)がリプレイするようです Scene 15


はじめてブーン系小説を読む方はこちらへどうぞ






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scene 15 : 一九七四年五月、東京


『あなたの背中に笑って怒って、そしてたくさんの勇気を貰って、わたしは年をとりました。
 わたしにはこんなものしか遺せないけど、
 この世でわたしの愛したすべてが、どうかあなたに力を貸してくれますように』 

                          「こうの史代 さんさん録<1>『さんさん録』」




――

―――


暖かい。やわらかい。
薄く目を見開いてまず思ったのはこの二つ。

目覚め始めた感覚。続けてぼんやりとしていた意識が身体と結びついてゆき、
そこでようやく、内藤は自分が布団に包まっているのだと知覚した。

心地よいまどろみ。
このまま再び眠りの底へ落ちようかと思ったそのとき、彼は自分が時を越えたことを思い出す。

『バッ!』っと布団を跳ね飛ばして起き上がり、辺りを見回す。

視界に映るのは狭いくたびれた和室。
二十数年間どこよりも長く親しんだ、我が家と呼ぶべき借家の一室。

( ^ω^)「……この部屋を見るのは何年ぶりかお」

つぶやいて、少しばかりの感傷に浸る。
続けて鼻腔をくすぐった香ばしい匂いに誘われるかのように、内藤は部屋のふすまを開けた。


ζ(゚ー゚*ζ「あ、お父さん。やっと起きた?」

( ^ω^)「……」

開けたふすまの先にあったのは食堂をかねた台所。
狭い中に木製のテーブル、冷蔵庫、食器棚がうまく配置されている。

その奥に立っていたのはエプロン姿の彼女、内藤麗羅。
幼い頃の、出会った頃の面影を残しながらも、しっかりと一人前の女性に成長した内藤ホライゾンの娘。

ζ(゚ー゚*ζ「今日から旅行だよ! 朝ごはん作ってあるから早く食べちゃってね!」

流し場の前に立ちカチャカチャと食器を鳴らす彼女。おそらく洗い物をしているのだろう。

血のつながっていない娘。
それなのに、彼女の背中に幼馴染の面影が見えるのはどうしてだろう?

何気なく目をやったテーブルの上には、今朝の新聞が無造作に置かれていた。

その日付は一九七四年五月二十五日。忘れるはずのない、娘の命日。


ζ(゚ー゚*ζ「お父さんと旅行に行くなんて初めてだから、つい張り切ってお弁当作っちゃったよ。
     昨日の夜から下ごしらえしてたんだからすごく美味しいよ? 楽しみにしててね!!」

洗い物をしながら背中越しに語りかけてくる彼女。

『姿形は似ているのに、声は全く似ていないんだな』と、血の隔たりを感じずにはいられなかった内藤。

寂しげに笑い、食卓に着く。
並べられていたのは弁当の残りらしきもの。箸でつまんでは次々に口へと運ぶ。
内藤にはそれが、どんな高級料理よりも口に馴染んで感じられた。

ζ(゚Δ゚*ζ「……ねぇ。どうして黙ってるの?」

無言で朝食をむさぼっていた内藤。
かけられた声に顔を上げれば、視線の先にあったのは心配そうな顔をしている娘の姿。

( ^ω^)「……いや、ご飯がうまくて食べるのに夢中になってたお」

ζ(゚-゚*ζ「……ふーん。それならいいけど」

洗い物が終わったのか、彼女はエプロンで手をぬぐいながら答える。
そのままエプロンをはずし、食卓を挟んで内藤の前に座る。

そしてジッと、内藤の顔を見つめてくる。


ζ(゚-゚*ζ「……」

( ^ω^)「……デレは、朝ごはん食べないのかお?」

ζ(゚-゚*ζ「お弁当作りながらつまんだから平気」

( ^ω^)「……そうかお」

訝しげに見つめてくる麗羅の瞳。彼女の顔を見ないよう意識しながら、食事を続けた。

やがて皿の上には何もなくなる。
『ごちそうさま』とつぶやいて、ようやく内藤は顔を上げる。

彼女はまだこちらを見つめていた。
女の第六感。なんとなく、そんな言葉が頭に浮かんだ。


ζ(゚-゚*ζ「今日のお父さん、なんだか変だね。私と旅行に行くの、そんなに嫌?」

( ^ω^)「……そんなことないお。
      楽しみで昨日寝付けなかったからちょっと眠いだけだお」

ζ(゚ー゚*ζ「……ホントにぃ?」

( ^ω^)「おっおっお。本当だお」

虚の笑みで繕って答える。
その嘘を信じたのだろう、彼女はすぐに元の笑顔へと戻る。

一寸前とはうって変わって無邪気なその笑顔。
内藤には、彼女らしいその素直さが嬉しかった。

同時に、この笑顔が数時間後には物言わぬ死に顔へと様変わりすることを考えると、
悔しさや寂しさ、やるせなさで押しつぶされそうになる。

それだけはさせない。

目の前の彼女に悟られぬよう胸のうちで固く決心して、内藤は立ち上がった。

( ^ω^)「そろそろ出かけるお。お父さんは着替えてくるお。
      デレは準備出来てるのかお?」

ζ(゚ー゚*ζ「それじゃあ私もお化粧して着替えてくるね」

そう言って立ち上がり、自分の部屋へと向かおうとする彼女。
その背中を厳しい表情で見つめ、内藤は言う。

( ^ω^)「……デレ、スカートはダメだお?」

ζ(゚Δ゚*ζ「え? ……何言ってるのw
    スカートなんてはかないよ? 私もうすぐ三十のおばさんだしw」

振り返り、彼女は笑う。娘の笑顔を前に顔のほころばない父親はいないだろう。
しかし内藤は、それを前にしても表情を崩さずに続ける。

( ^ω^)「それならいいんだお。それと長袖も着てきてくれお。
      生地がしっかりしてるのがいいお」

ζ(゚Δ゚*ζ「……でも、今日は暑いよ?」

( ゚ω゚)「いいから着るんだお!!」

無意識に、怒気をはらんだ大声を上げた内藤。

目の前に立つ麗羅の身体がひるんだかのように一瞬震えた。
顔に浮かべた微笑を崩し、彼女は再びの訝しげなまなざしを内藤に送る。

ζ(゚-゚*ζ「……なんでそんなに怒ってるの?」

(;^ω^)「お……す、すまんこだお! お、怒ってなんかいないお!
      ほ、ほら、今日は日差しが強いみたいだから日に焼けるといけないお?
      それが心配なんだお!」

ζ(゚-゚*ζ「ふーん。……ま、それもそうだね」

しばらく湿った瞳で内藤をにらみつけたあと、彼女は身を翻して自室へと消えていった。


見送った内藤。

自室に戻り、タンスから私服を取り出して身にまとった。
洗面所に向かい、歯を磨き、顔を洗って鏡を前にする。

うっすらとしわが刻まれつつある口元。白髪がちらほら見える黒髪。
頬に生える白ひげ交じりの無精ひげを見て、
自分も父と同じくらいの年齢になったのだと自覚する。そして、自分もまた父親なのだと自覚する。

鏡に映るのはもはや若さなど欠片もない四十半ばの中年の顔。麗羅の父親である自分の顔。
それを前にして、内藤には不思議と、彼の父の背中が思い出された。

広くて大きかった父の背中。
昔話に出てくるどんな英雄よりも強くたくましく感じられたその背中。

それを見るだけで、幼い頃の自分は安心できた。
当時の自分には、そんな父が戦死するなんて夢にも思わなかった。

だけど、『とーちゃんを父親として考えれば、それはそれで幸せだったのではないか』と、内藤は思う。
年老いてだんだんと小さくなっていく己の背中を息子に見られることなく、父は逝ったのだ。

息子の記憶の中に強く大きなまま残って逝くというのは、
父親という人種の役割から鑑みれば、最上の部類に入るであろう。

しかし、父親という人種を一人の人間として考えたとき、
はたしてそれは本当に幸せなことと言えるのだろうか?

一人の娘の父親となった今ならよくわかる。
父親なんて、本当は強くもなんともない、弱い人間の一人に過ぎない。

泣きたいときだってあるし、不安に襲われるときだってある。
目の前の恐怖に震えるときだってあるし、何もかもから逃げ出したくなるときだってある。

それでもくじけずに前に進むのを止めないのは、
その背中の後ろに守るべき妻と子供がいるからだ。

その存在を後ろ盾にして、父親という人種は我が子が立派に成長する時間を稼ぐため、
目の前の困難に立ち向かっていくのだ。

そして子供が独り立ちした頃になってようやく、父親は一人の弱い人間へと戻っていく。

その背中が小さく見えてしまうのは、
かつて守ってもらう立場だった子供から見れば当たり前のことだ。

一人の人間へと立ち戻った父親という人種は、
傍らの妻と寄り添うようにしてその後を過ごし、年老いて、やがて死んでいく。

そんな脆弱な人間の一人である父親。
彼が死ぬときに望むのは、自分が愛した妻や子供に看取られること以外に何もないだろう。

小さくなっていく己の背中をどんなに子供に蔑まれようが、
所詮弱い一人の人間に過ぎない父親という人種は、家族に看取られて死ぬことを望むだろう。

なぜなら、今の自分がそうだから。

父親として娘の前で情けない姿を見せたくないとは思いながら、
その一方では、一人の人間として娘に看取られることを望んでいる。

とーちゃん。

僕が見惚れていた背中の向こう側では、
あなただって不安や迷いに駆られた表情をしていたんですよね? 
そして終わりは、僕やかーちゃんに看取られて逝きたかったんですよね?

彼の脳裏に浮かんでいた父の姿が、内藤の疑問に答えるかのごとく静かにこちらへと振り返った。

その顔は見たこともない泣き笑いのような表情を浮かべて、すぐに闇の中へと溶けていった。


消えていった父の背中。
続けて頭の中に現れたのは、訝しげなまなざしを向けていた先ほどの麗羅の姿だった。

脳裏に浮かんだ彼女の顔を、内藤は申し訳なさ気に見つめた。

本当は怒鳴りたくなんてなかった。
感情を押し殺して淡々と食事を取るなんてしたくなかった。

三十数年ぶりの娘の手料理を、笑いながら食べていたかった。
美味しい美味しいと絶賛して、その味の懐かしさに涙だって流したかった。

初めてのやり直しでツンを抱きしめたように、娘である麗羅もまた抱きしめてやりたかった。

だけど、四半世紀以上の時を経て再会した娘の笑顔を前に、彼は涙をこらえるので精一杯だった。
涙を隠すためには、寡黙で不機嫌な表情で振舞うしかなかった。

これがツンやドクオといった幼馴染や親友であれば、素直に涙を流せただろう。
そして笑って、抱きしめて、手を握って、懺悔して、時を隔てた再会を全力で喜んでいたことだろう。

しかし、それはできなかった。

なぜなら、娘を前にした内藤の心中を一番支配していたのは、父親としての本能だったからだ。


娘の前では、自分は父親として気丈に振舞わなければならない。
ずっとずっと、大きな背中のままでいなければならない。

そんな父親としての本能が、今の内藤を支配していた。
だから彼は、涙から始まる一連の再会への感情の起伏をオモテに表すことが出来なかった。

確かに彼は、死んだツンの代わりに母親の役割も担わなければならなかった。
優しさや励まし、家庭の団欒といったものを娘に与えなければならなかった。
そういう意味では、彼は純粋な意味での父親という人種にはなりきれなかった。

しかしそれでも、一人の父親として、娘の前で涙だけは見せるわけにはいかなかった。

だからこそ再会した彼女を前にして、内藤はつっけんどんな態度しか取ることしか出来なかった。
そうでもしなければ、間違いなく自分は泣いてしまうだろうと思ったから。

( ^ω^)「……不思議だお。何十年経っても、やっぱり僕は父親なんだお」

つぶやきとともに、頭の中に浮かんでいた娘の姿が消えた。
そして意識が現実世界に戻る。

目の前にあるのは鏡に映る自分の顔。

父親であり、そして一人の人間でもある、内藤ホライゾンの顔。


( ^ω^)「……思えばここまで長かったお。ホント、僕の人生って後悔だらけだったんだお」

くたびれ始めた中年の顔を前に、これまでの後悔を振り返る。


『かけがえのない戦友の命を拾う』  
毒田勇男に対する後悔は、一人の友人としてのもの。

『伝えそびれた真実を告げる』 
毒田そらに対する後悔は、一人の人間としてのもの。

『愛した人の未来を変える』  
内藤麗子に対する後悔は、一人の男としてのもの。


結局、いずれも果たされることはなかった。そして迎えるのは、最後のやり直し。

『娘の未来を切り開く』 
内藤麗羅に対する後悔は、一人の父親としてのもの。


方法はある。
時の番人の言っていたことが正しければ、今回のやり直しは間違いなく成功する。

あらかじめ想定しておいたやり直しの内容を反復し、内藤は不安と恐怖に少しだけ身を震わせた。
だけど、逃げるわけにはいかない。なぜなら自分は父親なのだから。

『パン!』と頬を叩いて気合を入れた。鏡の前の自分に誓う。




( ^ω^)「……デレ。僕が君を、守ってあげるお」























ζ(゚Δ゚*ζ「へ? なんか呼んだ?」


直後、背後から彼女の声がした。



(;^ω^)「わああああああああああんこそばあああああああああああああ! 
      な、何やってんだおデレ! ちゃんとノックしなきゃダメです!! 
      んもう、はしたない! お父さんプンプンしちゃいますよ!?」

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ζ(゚Δ゚;ζ「いや、ノックってここ洗面所だし……扉ないし……」

(;^ω^)「……あじゃぱー」

とんでもなく驚いて、続けて押し寄せてきた羞恥心に顔を真っ赤に染める内藤。
無理もない。一人でシリアスに浸っているときに、それを他人に見られたら誰だってこうなる。

例えるなら、自室でイヤホンを付けつつお気に入りの曲にあわせて熱唱していたら
いつの間にかかーちゃんが扉の前に立っていたときと同じ状況である。まったくもって恥ずかしい。

内藤は気まずそうに麗羅に尋ねる。


(;^ω^)「えっと……聞いちゃった?」

ζ(゚Δ゚;ζ「え、何を?」

(;^ω^)「本当に……聞いてない?」

ζ(゚Δ゚;ζ「う、うん。通りかかったらお父さんが私を呼んだのが聞こえて返事しただけだけど……」

(;^ω^)「本当に……ホント?」

ζ(゚Δ゚;ζ「いや、だから本当だって!」

( ^ω^)「全知全能ノ神ニ誓イマスカ?」

ζ(゚Δ゚;ζ「はぁ? 何言ってんの?」

(;^ω^)「えっとえっと……ファイナル……アンサー?」

ζ(゚Δ゚ ζ「なんじゃそりゃ?」

心底不思議そうな麗羅の顔。その顔を前に、内藤はホッと胸をなでおろす。

彼女がそう言うなら、本当に彼女は聞いていなかったのだろう。
考えてみれば彼女は素直な子だ。良くも悪くも嘘をつけるような子ではない。三十路前だけど。

安心から顔の表情が緩む。そんな内藤をマジマジと見つめながら、彼女は言う。

ζ(゚Δ゚*ζ「なんか変なお父さん。それよりさ、そろそろ行こうよ」

( ^ω^)「……お! 行くお行くお!!」

ζ(゚ー゚*ζ「どうしたの? 急に元気になっちゃって」

( ^ω^)「なんでもないお!目が覚めただけだお!
      それより早く行くお! デレのお弁当が楽しみだお!!」

最初に顔をあわせたときにはしかめっ面しか出来なかったけれど、今度は自然に笑うことが出来た。

もう泣く心配はない。そして、二度と自分が泣くことはないだろう。
笑う娘を背中に引き連れて、内藤は玄関前に停めてある車へと向かう。

ζ(゚ー゚*ζ「お弁当、期待していいよ? 自分で言うのもなんだけど最高の出来なんだから!」

( ^ω^)「おっおっお! これは期待! 今からワクテカがとまらんお!!」

笑いながら『ガラガラ』と玄関の引き戸を開け、カギを閉めた。
そして、そのカギを麗羅へと手渡す。


( ^ω^)「これ、デレが持っててくれお」

ζ(゚Δ゚*ζ「え? いいけど……なんで?」

( ^ω^)「特に意味はないお。まあ、お守りみたいなもんだお」

ζ(゚Δ゚*ζ「お守り? 何の?」

( ^ω^)「うーん……安産かお?」

まさか命のお守りなんて言えるはずもなかった。かといって交通安全のお守りともちょっと違う。
なぜなら自分は、これからあえて後悔の現場、娘の最後となるはずの場所へ赴くのだから。

そんな内藤がついたとっさの嘘。麗羅の顔が見る見る赤らんでいく。

ζ(////ζ「ちょちょちょ! そそそそ、それはまだ早いよ!!」

( ^ω^)「おっおっお。はやく孫の顔を見せてくれお」

果たされることのなかった未来への希望をつぶやきながら、ヘラヘラと笑って車へと向かう。
そして最後に、扉の閉ざされた我が家へと振り返った。


『麗羅は必ずここに帰ってくる』 


そう誓い、内藤は長年慣れ親しんできた我が家を後にした。


                   *

会社の同僚に借りた車の運転席に座り、内藤は発進の手順を思い返していた。

もともとマイカーなんて買う金もなく、取得した運転免許は会社の車を運転するだけものであった内藤。
運転経験なんて当時の人と比べても人並みか、もしくはそれ以下。

おまけに運転席につくのは、はじめの人生でのこの場面以来。
つまり三十年以上、彼はハンドルを握っていなかった。

( ^ω^)「えーっと……右がブレーキ……左がアクセル」

ζ(゚Δ゚;ζ「お父さん、逆だよ!」

(;^ω^)「わ、わかってるお! 『逆』だけに『ギャグ』だお!」

ζ(゚-゚*#ζ「……」

(;^ω^)「えっと……その……いろいろとごめんなさい」

そんな不安の中で始まったドライブ。

はじめの数十分は緊張と運転への集中で気が気でなかったが、
慣れてくると身体が勝手に動いてくれるようになった。

『身体で覚えた技術とはなかなか衰えないものだな』と、内藤は人体の不思議さに感謝した。


内藤親子を乗せ、彼らの車は五月の道を流れていく。

皐月。

さわやかな春と陰鬱な梅雨、そんな両極端な季節の狭間。
不思議な季節だと、内藤は思う。

『五月雨』と『五月晴れ』、対照的な天気の枕詞としても用いられるこの月。
もともとは旧暦の五月、今で言う梅雨の時期をさす言葉だが、
内藤にはそれが今の時期にこそふさわしい言葉であると感じられた。

春の残した晴れ空や、梅雨の前兆を予感させる灰色の雲。
季節の狭間を行ったり来たりするかのごとく、この月の天気は実にさまざまな顔を見せる。

思い出したかのように降りだす雨が春に生を受けた植物たちに恵みの水をもたらし、
抜けるように心地よい晴れ間が彼らを天高くまっすぐに成長させていく。

( ^ω^)(……いい季節だお)

フロントガラスから見える空には、
春先のような薄い青と夏雲のように深い白、二つの季節が並存していた。


五月の晴れた空の下。
通りを渡る車の群れは、休日を楽しむ人々を乗せてどこまでも走る。

流れていく景色はたくさんの色に溢れ、
見ているだけで気分が高揚し、まるで童心へと戻っていくかのようだった。

チラリと隣に目をやれば、助手席の麗羅も窓越に風景を眺め、笑っていた。

ζ(゚ー゚*ζ「お父さんとこんな風に旅行するなんて初めてだね」

まるで内藤の視線に気づいていたかのような絶妙なタイミングで声をかけてきた麗羅。
前を走る車のブレーキランプを見つめたまま、内藤は『そうだおね』とだけつぶやいた。

ζ(゚-゚*ζ「……ごめんね。仕事で疲れてるのに、旅行に誘っちゃって」

そっけない内藤の返事に気を悪くしたのであろうか?

それまで微笑を絶やさなかった彼女だが、
一言申し訳なさそうに謝罪して、それきり顔をうつむけてしまった。


気まずい沈黙。
その間、内藤は何も言わずにジッとフロントガラスの先だけを見続けていた。

しかし、長い沈黙に耐えられなくなった弱い彼。
平静を装いつつ車内ラジオの電源を入れる。

『本日はゲストをお招きしております。どうぞ!』

女性パーソナリティの威勢のいい掛け声。続けてゲストらしい別の女性の声が聞こえた。
会話の内容からして、つい先月発売したばかりのレコードのプロモーションをしているようだ。

ζ(゚ー゚*ζ「あ、私、この人の曲好きなんだ!」

そう言ってうつむけた顔を上げ、微笑んでみせる彼女。
しばらくの間ラジオの声に耳を傾け、やがてフロントガラスの先を見つめながら、言った。

ζ(゚ー゚*ζ「……本当のこと言うとね、
     一度でいいから家族旅行っていうのを子供の立場から体験しておきたかったの。
     私も結婚したらお母さんになるでしょ? 
     そしたらもう子供の立場なんて言っていられないじゃない?
     って今も三十路前だから、子供だなんて言ってられないんだけどねw」

そう言って自嘲気味に笑う麗羅。その顔を横目で眺めた内藤。

彼女の笑顔は、『あたしを殺して』と言って笑ったあの日のツンに、恐ろしいまでにそっくりだった。


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内藤は思う。

隣に座る麗羅は、もうあの日のツンの歳を追い越してしまった。

これから起こるであろう事故さえなければ、
麗羅はツンの見ることのなかった道のずっとずっと先まで行けた。

傍らに自分とは別の男性を置き、自分以上に日々を生きて、
自分が見ることの出来ない未来へと歩いていけたはずだ。

もしもツンが生きていたなら、ここにいたなら、自分と同じやり直しの過去に立っていたなら、

ξ ゚ー゚)ξ『あたしに未来なんてなくていい。その代わりに、娘の未来を……』

そう言って、あの日のように笑ってくれるだろうか? 自分と同じことを思ってくれるだろうか?

少しだけ鼻の奥がツンとした。
フロントガラスに目を映し、それに耐えた。

( ^ω^)「……何言ってるんだお。デレはいつまでたっても、僕たちの子供だお」

声が震えないよう虚勢を張ったせいか、発した声はいつもよりトーンが低かった。

麗羅は何も言わない。


沈黙する内藤親子を乗せ、彼らの車は着実に五月の道を進んでいく。

晴れ渡る空。しばらくしてラジオから音楽が聞こえた。流れてくるのは当時のヒットソング。
アコースティックギターの奏でる心地よいイントロが、皐月の町と実によく馴染んでいた。

『小さい頃は神様がいて、不思議に夢をかなえてくれた』

( ^ω^)(神様かお……そんなもの、いるはずないお)

流れてくる歌詞を否定し、目の前を流れて行く景色だけを見続ける。

やがて、ところどころに見覚えのある風景が現れては消えた。
それは進めば進むほど、確実に増えていく。

内藤は身を固くした。額に浮かぶ汗の量が徐々に増えていく。

間違いなくあの場所へと近づいている。やり直しの時間が近づいている。
頭の中が、やり直しのことで埋め尽くされていく。

ζ(゚-゚*ζ「……戸籍、この前見てきたんだ」

だから、不意に発せられた麗羅の声に、内藤は年甲斐もなくビクッとしてしまった。


続けられる麗羅の声。
はじめの人生では聞くことのなかった声。

いったい何が起きているのだ? これから何が語られるのだ?

経験することのなかった過去を前にして、
そのひと時の間だけ、内藤はやり直しのことを完全に忘れてしまうことになる。

ζ(゚-゚*ζ「私、お父さんと内藤麗子さん……お母さんの実の子供ってことになってた」

( ^ω^)「……何を言ってるんだお? 本当のことなんだから当たり前だお」

ζ(゚-゚*ζ「……嘘つかなくていいよ。だって私、あの日のこと……覚えてるもん」

( ^ω^)「……そうかお」

その言葉に、内藤は驚くことなく自然に答えた。


これまで彼女と過ごした二十年弱。
内藤は麗羅に向かって彼女が拾い子であることを口にしたことは一度もなかった。

なぜなら、自分でそれを口にしてしまうと、何もかもが音を立てて崩れていってしまう気がしたから。

偽造までして社会に認めさせたかりそめの親子関係、そして彼女を守ると誓った自分の信念までもが、
過去の事実を口にするだけで、一気に風化してしまいそうで怖かったから。

しかし、麗羅は当時五~六歳。
完全までは行かなくても、断片的な記憶は残っていても不思議じゃない。

特に、あの状況だ。
覚えていない方がどうかしているし、その片鱗を彼女はちょくちょく見せていた。

だから、彼女が『自分が本当の子供でない』と気づいていることくらい内藤にだってわかっていた。
その事実からずっと目をそらし続けてきただけのことだ。

その代償が今、ここで支払われようとしている。

そんな内藤の心中などお構いなしに、麗羅はポツリポツリと続きを語る。

ζ(゚-゚*ζ「全部は覚えてないけど、私に手を差し伸べるお父さんの姿だけははっきりと覚えてる。
     だから小さい頃から、『私はお父さんの本当の子供じゃないんだな』
     ってことは漠然とわかってた。
     お父さんがたまにお母さんの写真を見せてくれたけど、
     写真の中のお母さんの顔に、昔の私にはどうもしっくりこなかったしね」


『だけど……』と前置きすると、
彼女は膝の上に置いたバックからツンの写真を取り出し、いとおしげにそれを眺めながら、言う。

ζ(゚ー゚*ζ「……大きくなってから初めて思ったよ。
     この人……お母さんってさ、本当に私にそっくりだよね。
     まるで本当の親子みたいに。
     だからさ、正直迷ってるんだ。
     
     私は、本当にお父さんとお母さんの子供なのかもしれない。
     手を差し伸べてきたお父さんの姿は、
     私が夢か何かで見た幻なのかもしれないってね」

ツンの写真を胸に抱き、何か覚悟を決めるかのようにほんの少し目を瞑った彼女。


『心の奥にしまい忘れた大切な箱 開くのは今』


流れた歌詞とともに閉じていた丸く大きな目を開けると、真剣なまなざしをたたえて、内藤の瞳を射た。




ζ(゚-゚*ζ「お父さん、教えてください。
     私は……内藤麗羅は、本当にお父さんとお母さんの子供なのですか?
     あなたが『デレ』と呼ぶ人間は、一体何者なのですか?」




いつかは聞かれるだろうと覚悟し、そして結局聞かれることのなかった彼女の言葉。
まさかこのやり直しで聞くことになるなど、内藤は予想だにしていなかった。

しかし正直なところ、彼女を引き取ったあのときからずっと彼はその答えを考えていた。

幼い彼女はいつも自分のことを『デレ』と呼び、
そのたびに慌てて『麗羅』と言い直すことがしょっちゅうだった。

たまに内藤が感情的になって『お前の名前は麗羅だお!』と怒るたびに、
幼い彼女は泣きながら謝ったものだ。

思えばあのときから、彼女は自分が本当の子供ではないことをわかっていたのだろう。
そして、幼い頃から彼女は、一生懸命に『内藤麗羅』を演じてきたのだろう。

それでも麗羅の『デレ』という一人称はなかなか直らなかった。

小学校の友達が彼女を『デレちゃん』と呼んでいたあたり、
彼女は学校でもその一人称をつい口にしてしまっていたようだ。


彼女は自分を父親だと認めていないのではないのか?

そんな不安と苛立ちのに苛まれていたある日、
彼は引き取って以来初めて彼女を『デレ』と呼んでみた。

そのとき彼女は身体を奮わせ、怯えた顔を浮かべて『ごめんなさい!』と謝った。

父親が固執していた『麗羅』という呼び名を止め、自分を『デレ』と呼んだ。
それはきっと、幼い彼女にとっては、自分が娘ではないと宣告されたようなものだったのだろう。
そして、捨てられるとでも思ったのだろう。

それほどまでに、当時の内藤と麗羅の間には見えない壁のようなものが出来ていた。
知らず知らずの間に、彼は幼い麗羅に気を使わせていた。

それに気づくことのできないでいた当時の内藤は、
『これで父親なんて名乗れるわけない』と、おのれの態度を改めることにした。


それからの内藤は麗羅を『デレ』と呼ぶよう心がけた。
何度も父の口から出されるかつての名前に安心したのか、しだいに彼女も笑って返事をするようになる。

娘の笑顔を前に、内藤はようやく『名前なんて関係ない』ということに気づくことが出来た。
肩の力が抜け、本当の意味で自然に彼女と付き合えるようになった。

そのおかげか、やがて彼女が自身を『デレ』と呼称することはなくなった。
以降、内藤ホライゾンと『デレ』は本当の親子以上に互いを信頼しあうようになる。

本物以上に固く結ばれた、かりそめの親子の絆。

そして今、その絆は最初で最後の転機に立たされている。
かりそめのままで終わるか、それとも真実のものとなるか。

すべては内藤の答え次第。

ラジオのから流れる曲は終盤を迎え始めていた。
同時に、見覚えのある、忘れられない景色がフロントガラスのはるか向こうに現れる。

やり直しの場所。もう、時間はない。

内藤は考えるのをやめ、自分にとっての真実を口にした。






( ^ω^)「デレ……内藤麗羅は間違いなく、内藤ホライゾンと内藤麗子の娘だお」






ζ(゚-゚*ζ「……」

ジッと内藤を見つめる麗羅。
その視線を感じる余裕すら、もはや内藤には存在しなかった。

ζ(゚-゚*ζ「……それは本当ですか? 信じてもいいんですか?」

こちらを向き、問いかけてくる彼女。

それでも内藤の視線は、
前方、フロントガラスの先だけに縛り付けられていた。

ζ(゚Δ゚*ζ「……何とか言ってよお父さん!!」

近づいてくるのは、あの車。
見間違えるはずのない、その姿。

ζ(゚Δ゚*ζ「ねぇ! お父さんってば!!」

もうすぐ、あの時間が来る。
あの悲劇が、再び起きる。


(  ω )「麗羅……君は僕の娘だお」

ζ(゚ー゚*ζ「……わかった。信じるからね?」

静かに、しかしはっきりと答えた内藤。
その答えに笑みを浮かべた彼女。

だが、内藤がそれを見ることはない。

(  ω )「……だから」

ζ(゚Δ゚*ζ「だから?」



……来た!



( ゚ω゚)「頭を下げるお! 麗羅!!」

ζ(゚Δ゚;ζ「え!?」


(# ゚ω゚)「頭を下げろって言ってるんだお!!」

声を張り上げた内藤。

視線の先にはあの車。はじめの人生で娘の命を奪った鉄の塊が、
本来対向車線を走っていなければならないあの車が、こちらに向けてはみ出してきていた。

その瞬間から、彼の世界はスローモーションで回り始めた。


自分の叫び声。
それに呼応して動いた麗羅の姿が、視界の端に映る。

ラジオから流れた最後の歌詞。
そして、目の前にはみ出してきた対向車の動き。

そのすべてが、内藤には止まっているかのように感じられた。

ブレーキを踏みしめる。
それでも詰まる対向車との距離。

その光景を目の当たりにし、
麗羅は悲鳴を上げながら身を縮めた。

ここまでは予定通り。

あとは、自分がことをなすだけ。

ハンドルを、左に切るだけ。








内藤ホライゾンが、死ぬだけ。






間近まで迫った対向車。
運転席で眠っている男。

はっきりと見えた。
同時に怒りが湧き上がる。

居眠り運転。

そのせいで麗羅は死んだのか。
自分の人生は狂ってしまったのか。

ふざけるな!


(# ゚ω゚)「麗羅は殺させないおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


叫ぶ内藤。
ハンドルを左へと回す。

強烈な遠心力が車内を襲う。

激しい衝撃。
そして、音。

車体は運転席を前にして、
対向車へと衝突した。

そこで、内藤の意識はプツリと途絶えた。


                   *

再び戻った世界はかすれていた。

いや、自分の目がかすれているのか、もしくは機能しなくなっているだろう。
目に映る色と色との境界は曖昧で、すべての輪郭がぼやけていてはっきりとしない。

身体が動かない。どこも反応しない。
特に下半身の感覚はどこかに置き忘れたかのようにプッツリと途絶えている。

おそらく下半身はかつての麗羅のようにぐちゃぐちゃに潰れているのだろう。
それなのに痛みをまったく感じないのが、内藤には不思議でならなかった。

ただ、耳だけが機能していた。

けたたましいサイレンやクラクションの音、人々の叫ぶ声。よく聞こえた。
大の中にまぎれる小さな音までが、やっぱりよく聞こえた。



「お父さん! お父さん!!」


聞き覚えのある声がした。
間違いない。麗羅の声だ。

悲痛な叫び声。
幼い頃、『お前の名前は麗羅だ!』と怒鳴ったあとの彼女の泣き声にも似ていた。

だけど、しっかりとした生きた声。
その声にわずかばかりの申し訳なさを感じたけれど、やはり安心と喜びの方が大きかった。

彼女は生きていた。

あとは自分が死ねば、今回のやり直しは想定したとおり、完璧に終わる。


最後のやり直しにおいて、内藤が留意していたことが三つある。

一つ目は、麗羅が死ぬことになる事故の現場に赴くこと。

他の選択肢として、旅行に行かない、ルートを変える、
もしくは車以外の交通手段で旅行へ行くなど、さまざまなものも考えられた。

一見するとそちらの方がやり直しの成功率は高そうであるが、実際のところそうではない。
それは二度目のやり直し、ドクオとのリプレイが物語っている。

二度目のやり直しにおいて、
内藤ははじめの人生でドクオの命を奪った地下基地の入り口へは赴かなかった。
その結果、ドクオは上官に殺されるというまったく予想だにしない方法で時の可逆性により抹消される。

つまり、時の可逆性が働く以上、
どこへ逃げてもドクオ、今回の場合は麗羅を殺そうとする何らかのアクションは必ず起こる。

ならば、あらかじめ何が起こるか予測可能なはじめの人生での後悔の現場に赴いた方が対処しやすいはず。

そのため、今回の内藤は麗羅を連れて、初めの人生となんら変わりない方法で後悔の現場へと訪れたのだ。
過去とまったく同じことが起こるように。


二つ目は、ハンドルを左に切ること。

はじめの人生で、内藤はハンドルを右に切った。
そのことが自分だけが助かり、麗羅が死んでしまった一つの要因足りうると内藤は考えたのだ。

一般的に自動車事故が起こった場合、助手席の人間の方が運転手に比べ死亡率は高いといわれている。
その一つの要因が運転手のハンドルの切り方にある。

たとえば今回の正面衝突型の事故の場合、ハンドルを右に切るのと左で切るのとでは大きな違いがある。

ハンドルを右に切ったとき、対向車に真正面から衝突するのは車の左側、つまり助手席側だ。
一方、ハンドルを左に切れば、衝突するのは車の右側、つまり運転席側になる。

そして多くの場合、運転手はハンドルを右に切る。特に一瞬のうちに起こる事故の場合、
運転手は無意識の防衛本能によって自分から対抗車を遠避けようとし、結果ハンドルを右に切ることになる。

そのため、事故の際の助手席側の死亡率が高くなる。
しかし、ここであえてハンドルを左に切れば、逆に運転席側の死亡率が高くなる。

はじめの人生で内藤はハンドルを右に切り、その結果麗羅は死に、彼は生き残った。

ならば今回ハンドルを左に切れば、まったく逆のこと、
つまり自分が死に、麗羅が生き残る可能性が十分にあるのではないかと彼は考えたのだ。


そして三つ目は、時の番人の言葉。

『時の可逆性は死すべき人間が死ななかった場合、二通りに働くことが分かっています。
 ひとつはその人物を別の出来事の中で殺す。
 もうひとつは別の人物を殺すことでその穴埋めをする』

この法則に従えば、死ぬべき人間、
今回で言えば麗羅が死ななかったとき、時の可逆性は二通りに働くことになる。

一つは別の出来事の中で麗羅を殺す。これはドクオのやり直しの際に顕著に現れた法則だ。
結果、内藤は予測できない出来事の中でなす術もなくドクオを失うことになった。

そして今回も同様に、時の可逆性は事故を回避した場合でも何らかの出来事を起こし、
その中で彼女を殺すであろうことは容易に想定できた。

しかし、ここでもう一つの法則が生きてくることになる。

時の可逆性は『別の人物を殺すことでその穴埋めをすること』があると、時の番人は言った。
それならば、麗羅の代わりに死ぬ人間をこちらから差し出せばそれで事足りるのだ。

では、誰を彼女の代わりに誰のいのちを生贄として死なせるのか?
答えは簡単だ。うってつけの人物がいる。

そのいのちの名前は、内藤ホライゾン。

過去を生き、そして一度死んだ男。



ほとんどは内藤の計画通りにことが運んだ。

万が一のことを考えて過去とは違う方法もとった。
麗羅には長袖、長ズボンを着用させることで、事故の際の出血の危険を減らさせるよう仕向けたが、
結果彼女は生き延びたのだから、それは成功といえるだろう。

そして内藤はハンドルを左に切り、自らを盾として対向車に激突した。

ここで対向車を避けることも出来たが、
やり直しを完璧にするためには、生贄として内藤が死ぬ必要がどうしてもあった。

そして今、彼は計画通りの半死半生だ。
あとは彼が死ぬだけで、すべては彼の計画通りに終わる。

しかし、薄れていく視界と意識の中で、内藤は最後に思う。

完璧に見えたこのやり直しにも、ただ一つだけ予想外の出来事が起こった。
それは麗羅の独白だ。

『私は……内藤麗羅は、本当にお父さんとお母さんの子供なのですか?』

まさかここで聞かされるなんて思ってもいなかった言葉。

しかし、死に際の冷静な頭で考えれば、ありえないことでもなかった。


今回のやり直しの舞台、最初で最後の家族旅行を発案したのは他ならぬ麗羅だ。
おそらく彼女は、自分が実子かどうかを聞きたいがために旅行というハレの場を用意したのだろう。

しかしはじめの人生で、内藤は最初で最後の家族旅行に舞い上がっていた。
そのため、行きの車内はそんな話をする雰囲気ではなく、
結果彼女はそれを口に出すことが出来ないまま事故に遭い、そして死んでしまったのだろう。

そして今回、内藤はすべてを計画通りに運ぶために真剣な表情で旅行に赴かざるをえなかった。
それが結果として、彼女をして話を切り出しやすくさせた理由となった。

つまり事故さえなければ、遅いか早いかだけの違いで内藤は彼女の言葉に直面することになっていたのだ。

やり直しが成功した今となってみれば、それは幸いなことだった。
最期の最期で内藤は心からデレを娘だと言い切り、それを彼女は信じると言ってくれたのだから。

かりそめの親子の絆が、真の親子の絆へと変わった。

そして内藤は、あえて真実を告げることをしなかった。
なぜなら、知る必要のない真実などこの世にたくさん転がっていることを彼は知っていたから。

もう思い残すことは何もない。この『時』の内藤ホライゾンだって許してくれるさ。

そう思い、目を閉じようとした。

最後に視界は、ろうそくの終わりの炎ように鮮やかに、世界を映し出した。



ζ(;△;*ζ「お父さん! お父さん!!」

4_20091226211225.jpg



消えていく命の火が映し出した最期の世界。
そこにあったのは、自分の名を繰り返し叫ぶ娘の泣き顔だった。

欲を言えば笑顔であってほしかったが、
この世で見る最期の光景としてこれほど相応しいものもないだろう。

一人の父親として、大きな背中のまま、娘の未来を切り開くことが出来た。
そして一人の人間として、自分の愛した中の一人に看取られて逝くことが出来る。

父親としても人間としても幸せな死に際。これ以上に幸福な死を、内藤は知らない。

心残りがあるとしたら、それは麗羅の今後だけ。

彼女は自分の死を乗り越えて、これからを生きていくことが出来るだろうか?


( ^ω^)「……愚問だお」

心の中で自分の想いを否定した。
彼女なら、内藤麗子の娘なら、きっと強く生きていける。

( ^ω^)「デレ、ごめんだお。僕には君に未来しか残せなかったお。
      だけど君ならきっと強く生きていけるお。だからもう、泣かないでくれお」

意識が遠のいていく中、最後の言葉を形作ろうとした内藤。
しかし、それが声になることはなかった。


( ^ω^)「……ああ、最後の最後で、悪くない人生だったお」


あたりの喧騒が、麗羅の泣き声が、耳から離れていく。
はじめの死とは異なり、傍らに大切な人の一人を置いて、世界から離れていく。

『やさしさに包まれたならきっと、目に映るすべてのものはメッセージ』

事故の直前にラジオから流れていた曲の歌詞が、最期になぜか思い出された。



消えていく意識の中、
自分の名を呼ぶ娘の声が、内藤には鎮魂歌のようにも感じられた。


そしてその声に見送られるかのごとく、
ゆっくりと、眠るように、彼の瞳は閉じられていった。


やがて、世界は闇に包まれた。


内藤の意識は、二度目の死の底へと堕ちていた。





この小説は1944年12月某日から2007年3月某日にかけて時の狭間で記録されたものです
作者は78 ◆pSbwFYBhoY 氏
Last scene はこちらへどうぞ

記事元はオムライスさんになります



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[ 2009/12/26 21:15 ] ナギ戦記 | TB(0) | CM(0)

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