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( ^ω^)がリプレイするようです Scene 12

はじめてブーン系小説を読む方はこちらへどうぞ






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scene12:一九五〇年八月、長崎


『嬉しい? 十年たったけど、原爆を落とした人はわたしを見て
 「やった! またひとり殺せた」とちゃんと思うてくれとる? 
 ひどいなぁ。てっきりわたしは死なずにすんだ人かと思ったのに。
 ああ、風……夕凪が終わったんかねぇ』     

             「こうの史代 夕凪の街 桜の国『夕凪の街』」





――

―――


降り立ったのは夕焼けにけぶる故郷だった。
硫黄島ほどではないものの、夏の暑さと肌にへばりつく湿気に身体が重くなるのを感じる。

凪の時間なのか風は吹いておらず、
身体の奥にたまる熱気を発散させようとする汗がさらに身体を気だるくさせる。

( ^ω^)「相変わらず暑い町だお」

半世紀前に別れを告げた町。
それは記憶と寸分違わず内藤の目の前に現れる。

( ^ω^)「そりゃ、過去に来たんだから当たり前かお」

つぶやいて、今立ち尽くす細いのぼり坂から山と斜面ばかりの風景に目をやる。


見下ろした先、限られた平地には
二等船室の雑魚寝部屋に寝転がる人々ように家々が敷き詰められており、
あぶれたその他の家屋は山の斜面にへばりつくように建てられている。

続いて自分の身体に目をやった。
しわの無い、一般人より少しだけ肉が多めについた若くて張りのある体躯が、
ほこりや油、汗やよくわからない何かで汚れた作業用のツナギに包まれている。

おそらく、今の自分は職場である造船所からの帰宅途中なのだろう。

(;^ω^)「にしてもツナギは暑すぎるお」

引かない汗。
あまりの暑さにツナギのホックを開け、上半身部分だけ脱いでみる。

( ^ω^)b「やらないかお?」

馬鹿らしい言葉をつぶやいてすぐに自己嫌悪に陥る。

自分はこんなことをしに過去へ戻ってきたんじゃない。

ツナギの下から黄ばんだ半そでの肌着が現れ、
むき出しになった両腕が外気にさらされ汗が引く。

心持軽くなった身体。振り返り、上り坂の先へと目をやる。
この先にかつての自分の家がある。そこにツンはいるのだろうか?

いなかったらどうしよう?
もし仮にいたとして、初めの人生と同じように床に伏していたらどうしよう。

精神と肉体がこの時間に慣れると同時に、最悪の状況ばかりが頭の中を駆け巡る。

つい先ほど軽くなった身体だったのに、
今度は両肩と両足の太ももあたりがジンジンと痺れはじめ、
立つだけでやっとの状態へと落ち込んでゆく。

立っていられない。この場にへたり込んでしまいそうだ。
怖い。やり直しの結果を見るのが怖い。現実を見据えるのがたまらなく怖い。

上半身を折り曲げ、太ももに両手をついて、へたり込みそうな身体を何とか支える。
ここでへたり込んでしまえば、二度と立ち上がれないような気がした。

( ^ω^)「……よっしゃ。行くお」

震える太ももをひとつ叩いて、顔を上げる。
そしてその先を見据え、内藤は息を呑んだ。

見上げた坂道の頂上に、内藤は彼女の姿を見た。


从'ー'从「あ、内藤さんだ~。お帰りなさ~い」

(;^ω^)ノ「あ……、わわわ、渡辺さんじゃないかお! お、おいすーだお!」

坂の上からこちらに下ってきたのはツンではなく、近所の女学生である渡辺さんだった。

綺麗か可愛いかと問われれば間違いなく綺麗の範疇に入る顔。
すらりとした頬には女学生特有のふくよかさは無く、それが彼女を大人びて見せている。

しかし、そんな外見とは裏腹に、こちらへ走りよってくる足取りは少女のように危なっかしい。
性格も話し方もおっとりとしており、大人びた外見とは不釣合いに幼かった。

そんな彼女は内藤に告白し、断られて以来、
気質的にも外面的にも正反対のツンと姉妹のように付き合ってきた。
はじめはツンといつ衝突するのかとハラハラしていた内藤だが、それも杞憂に終わる。

それほどまでに二人は仲が良かった。
ツンが倒れてからは、昼間仕事で家に入れない自分の代わりにツンの面倒を甲斐甲斐しく見てくれていた。

その彼女が坂の上、自分の家の方角から現れたということは……

目の前に立ち止まった彼女の肩を荒々しくつかみ、内藤は大声を上げた。

(;゚ω゚)「渡辺さん! ツンは……ツンは!?」

从'ー'从「あ、今日はツンさん調子がいいみたいですよ~。
      ツンさん、久しぶりに布団から起き上がれたんだよ~。
      まだ立ち上がることは無理みたいだけど~。
      氷を切らしちゃったから買いに行くんですけど、一緒にどうですか~?」

(;゚ω゚)「……」


『久しぶりに布団から起き上がれた』 
『立ち上がるのは無理みたい』


これはどういうことだ? 過去は変わっていないのか?
最悪のシナリオが頭の中を埋め尽くす。内藤は、目の前で微笑む渡辺さんに詰め寄った。

(;゚ω゚)「どういうことだお! ツンは……ツンは病気なのかお!?」

从;'ー'从「えっ……どうした……」

( ゚ω゚)「ツンは原爆症なのかと聞いているんだお! どうなんだお!? 答えるお!?」


恐ろしい剣幕でまくしたてる内藤に戸惑い、しどろもどろになりながら渡辺さんは答える。

从;'ー'从「げ、原爆症? わ、わかんないけど、ツンさんは一ヶ月前に倒れたじゃないですか~」

(;゚ω゚)「……」

飲み込んだ唾液は鉛のように重く、喉元を通り過ぎて腹の底を鈍く打つ。
同時に視界がにじみ、胸から感情が溢れ出し、気がつくと内藤は駆け出していた。

(;゚ω゚)「嘘だお! 嘘だお!!」

从;'ー'从「な、内藤さ~ん!」

後ろからかけられた渡辺さんの声を振り切り、夢中で斜面を駆け上がる。
自らが作り出す風が汗を飛ばし、同時に熱を発した身体が再び発汗させる。

内藤の身体はそんな一連のサイクルさえも忘れ、ただ一点の想いに集中していた。


( ;ω;)「嘘だお! 絶対に嘘だお!!」


一九四四年十二月。間違いなくツンに伝えた。

情けないほどにとりみだし涙と鼻汁をしたたらせ、原爆の投下を、彼女の死因をありのままに告げた。
故郷の町を捨てろと懇願した。僕のために生きてくれと願った。

それなのに、また君はいなくなるのか? 僕をおいて一人で逝ってしまうのか?
醜く哀れな姿をさらし、最後の言葉も残すことなく、虫けらのように死んでしまうのか?

坂を登り終えた。
その先に、バラックと瓦礫で作り上げた二人の家が見える。

駆け出し、玄関の引き戸に手をかけた。
壊れそうな勢いで開いた扉が、あたりの空気を振るわせた。


ξ ゚ー゚)ξ「あ……お帰り。どうしたの? 玄関壊れちゃうわよ?」


(;゚ω゚)「……」

扉の先、粗末な四畳半の小さな室内で、
床の上から上半身だけを起こし、湯飲みで白湯をすすりながら、ツンは笑っていた。

下半身には布団がかけられている。
枕元には見覚えがある薬。はじめの人生で、医者に何度も手渡されたもの。

過去と変わらない光景に呆然としながら、
『ツンは原爆症ではなくただの風邪なのだ』という淡い期待を胸に、彼女の顔を再び見つめる。

血の気の無い青白い肌。肉の削げ落ちた頬。枯れ始めた栗色の髪。
丸みを持っていた肩のラインは、服の上からもわかるほどに痩せ細っていた。
ただ唯一異なるのは、彼女が起き上がっているという事実と、その微笑んだ表情だけ。

間違いない。ツンは、原爆症だ。


ξ ゚⊿゚)ξ「どうしたの? ブーン?」

耳に入ってくる懐かしいはずの声に、昔のような張りは無かった。

ツンなら、元気なツンなら、勢いよく玄関の扉を開けた自分に向かって
『うっさいわね! 玄関が壊れるじゃないのよ!!』と怒鳴りながらとび蹴りをかましたはずだ。
そして吹っ飛んだ自分は『ごめんだお~、勘弁しちくり~』と泣いて謝りながら改めて室内に入り、
ツンが用意していてくれた食卓を囲む。
それから渡辺さんが現れて、彼女に夕食を振舞い、
楽しげに話すツンと渡辺さんを眺め、ささやかな幸せを噛み締めるのだ。


ξ ゚⊿゚)ξ「ねえ、ホントにどうしたの?」

投げかけられたツンの声に、淡い想像からつらい現実へと引き戻された内藤。
同時に忘れかけていた絶望に心中を支配され、我知らず彼は叫びだしていた。

( ;ω;)「なぜだお! なんで君はこの町を捨てなかったんだお!?
       そうしなければ君は死ぬって、僕は言ったじゃないかお!!」

ξ ゚⊿゚)ξ「……」

( ;ω;)「僕は言ったお! 君は原爆のせいで死ぬと! 君に生きてほしいんだと!!
       そのために僕はやり直したのに、なんで君は僕の言葉を信じなかったんだお!?
       なんで僕を裏切ったんだお!!」


そこまで叫ぶと力が抜けた。

ペタンと玄関の前にへたり込み、むき出しの地面に仰向けに寝転がった。
にじんだ視界に、強く指す西日のオレンジがまぶしかった。
右手で眼前を覆い、『もう嫌だお』とつぶやいた。

結局、何も変わらなかった。変えられなかった。
ドクオも助けられなかった。ツンも助けられなかった。
幸せな生を歩むとはいえ、自分にはそらさんの未来を変える力もなかった。

やり直しには、何の意味も無かった。

ツンの死に際など二度と見たくない。
一度体験したつらい過去にもう一度立ち会うなど耐えられるはずが無い。

『時の番人よ。お前に少しでも慈悲の心があるなら、今すぐ僕を時の狭間へと引き戻してくれ』

そうこぼし、世界が色を無くすのを待った。


いつまでも色あせない世界から、声が聞こえた。



ξ ゚ー゚)ξ「ああ……あなた、あのときのブーンね」

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耳を疑う声に跳ね起きた内藤。

視線の先で、やっぱりツンは笑っていた。


                             *

ξ ゚ー゚)ξ「あなたが徴兵されてからしばらくして、あたしは女工として軍需工場に駆り出されたの。
       朝早くから夜まで働かされて、その合間に鳴り響く空襲警報のたびに防空壕まで走って、
       それが落ち着いたらまた汗と油の匂いでむせ返る工場で働く。きつかった。
       すっごくつらかった。
       だけど、戦地に行ったあなたのことを考えれば、不思議とそれにも耐えられた」

四畳半。狭い室内の真ん中にしかれたツンの寝床。
上半身だけを起こしながら話す彼女の傍らに座り、内藤は静かに彼女の声に聞き入っていた。

まるで死を悟った修験者のような落ち着いた語り口。
こんなのツンじゃない。心の中で毒づいた。


ξ ゚⊿゚)ξ「そうやって時は過ぎて、あなたの言った八月が来た。
       正直、それまであたしはあなたの話は信じてなかった。
       だけど、人づてに聞いた『広島』の噂にあたしは愕然としたわ。
       ブーン、あなたの話は本当なのかもしれないって。

       でも、あたしには勇気が無かった。
       原爆のこと言えば頭のおかしい女って思われちゃうかもしれない。
       そんな馬鹿なみたいな世間体を気にして、結局あたしには何も言えなかった。

       だけど、パパやママ、友達には話した。みんな……笑って聞き流すだけだった。
       そして、八月九日が来た。
       朝、工場に行ったあたしは市外に届け物をするように言われたの。
       それで確信した。今日、あなたの言ったことが起こるんだって」

彼女は枕元に置いた湯飲みを手に取ると、軽く口をつけた。
その間に表情はみるみる深刻なものに変わり、少しの間を置いて、低いトーンで続ける。

ξ ゚ ‐゚)ξ「あたしはすぐに家に戻って、パパとママを連れ出そうとした。
       友達を無理やり同行させようとした。
       だけどどんなに必死に訴えても、みんな鼻で笑うだけ。

       そして時計の針は十時を過ぎた。あなたが言った十一時二分までもう間もない。
       結局あたしは……ひとりで列車に乗った」


ξ ゚ ‐゚)ξ「飛び乗った市外行きの列車の中で、あたしはひたすらに祈った。
       ブーンの言葉が嘘でありますように。何も起こりませんようにって。
       そして、十一時二分が来た。……何事も無くて安心した。

       でも、それから数分して、轟音と同時に列車が大きく揺れた。
       急停車した列車から降りて、あたしはこの町の方角を見た。
       南の空に、灰色の大きなきのこみたいな雲が浮かんでいた」

ツンは何も言わずに涙を流し始めた。
頬を伝うそれをぬぐう素振りすら見せず、彼女は不気味なまでに淡々と続ける。

ξ ; ‐;)ξ「それからあたしは線路をたどって、無我夢中で駆け出した。
        つまずいて、こけて、それでも起き上がって必死に走った。
        これは嘘なんだってつぶやきながら走って走って、
        途中の駅で駅員さんに止められた。
        その日は町には入れないで、戻れたのは数日後だった」

その言葉を聞いたとたん、内藤の感情のメータが振り切れる。
うつむいて泣き続けていた顔を上げ、叫ぶ。

( ;ω;)「なんでだお! なんで君はそこで戻ったんだお!
      僕は言ったじゃないかお! 君はそれが原因で死ぬんだって!!」


ξ ;⊿;)ξ「そんなことできるわけ無いじゃない! あたしはみんなを見捨てたのよ!?
        この町が木っ端微塵になることを知っていながら、一人で逃げ出したんだよ!?
        それなのに町に戻らないなんて薄情なこと、出来るわけないじゃない!」

( ;ω;)「……」


ここに来て初めて見せたツンの怒鳴り声。
こらえていた感情が一気に爆発したその声に、内藤は沈黙しか返せなかった。

しばらくの間、彼女はゲホゲホと粘り気のあるセキをする。
怒鳴るだけで相当な負担が身体にかかったのだろう。それほどまでに彼女は弱っていた。
落ち着いた頃になって話を続ける。

ξ ; ‐;)ξ「戻ってきたこの町はすっかり変わり果てていた。
        瓦礫ばっかり、ありえないところからも海が見えて、あたしはただ呆然とした。
        不思議だったけど、涙は出なかった。もう何も考えられなくなっていたんだろうね。

        そんな風に変わってしまった町をさまよって、
        ようやく家のあったところに戻ったら
        散乱した瓦礫の下に大きな炭が二つ転がってたの。
        それは何だったと思う? ……パパとママの成れの果てだったのよ」

前線ではなかったとはいえ、内藤も硫黄島で少なからず死体を見てきた。
それはどれも悲惨なものだったが、流石に全身が炭となった死体なぞ見たことが無い。想像も出来ない。


ξ ; ‐;)ξ「爆弾の落ちた近くにあんたとあたしの家はあった。
        おかげで家は消し飛んでいたわ。
        あんたのお母さんも炭になって転がっていた。
        友達の遺体は結局見つけられなかった。

        泣いて泣いて泣き疲れて、みんなを見捨てた自分はココで死ぬべきだと思った。
        それでもお腹がすいて、耐えられなくて、
        配給された食事を乞食みたいに食べあさった。
        そんな自分が情けなくて申し訳なくて、
        せめてもの償いに被爆した人たちの看護のために働いた。

        被爆者の焼け爛れた皮膚にわく蛆を一匹一匹箸でつまんであげた。
        それをするたびに、みんなありがとうございますってあたしに言うの。

        水がほしいとつぶやきながら、渇きに苦しんで死んでいく人たちもたくさんいたわ。
        水はね、与えてはいけなかったの。液体が入ったショックと安心で死んじゃうから。

        それでも結局は死んじゃうから、何人かの人には水を飲ませた。
        その人たちはやけどでただれた顔で笑いながら、ありがとうって言って死んじゃうの。
        そのたびに胸が張り裂けそうになった。謝りたくてしょうがなくなった」


ξ ;⊿;)ξ「あたしには感謝される資格なんて無かった!
        あたしは原爆が落とされるって未来を知っていながら、
        誰一人助けることなく逃げ出したの!
        自分ひとりだけが助かりたいがためによ!?

        何も知らない被爆者のみんなは、あたしに感謝して逝っちゃうの!
        どんなに謝ろうと思っても、それはもう後の祭りなのよ!

        生きている被爆者の人たちに話そうとも思った! でも、そのたびに足がすくんだ!
        あたしは自分の保身だけを考えて、結局誰にも真実を言えなかった! 
        あたしはそんな身勝手な女なのよ!!」

再びの怒鳴り声。またしても彼女は粘り気のあるセキを繰り返す。

先ほどよりも長く続くセキ。
彼女の背をさすりながら、内藤は自分の馬鹿さ加減に辟易としていた。

ツンに助かってほしいからこそ、自分は彼女に未来を告げた。
しかしそれは彼女を救うことはできず、最悪なことに彼女をさらなる不幸へと追い込んでしまった。

未来を知っていればツン一人なら助かる。しかし人は一人では生きていない。
家族、友達、たくさんの人に囲まれて生きている。

彼らを見捨てることなど出来るはずがない。だけど、自分だって死にたくはない。
その葛藤に迷い、悩み、神経をすり減らす。
そして周りの人を助けられないと悟ったとき、自分の保身に走り、後悔する。

ツンが下した決断を誰が否定できる? 
誰だって、ツンと同じ状況に置かれたら彼女と同じ決断を下したはずだ。

そして、自らの成した業に後悔する。
決して許されることのない懺悔と苦しみを一人抱え込んで生き続ける。
そんな拷問以外の何物でもない生を、この『時』のツンは過ごしてきたのだ。

原因を作ったのは他の誰でもない自分。


その名前は、内藤ホライゾン。



ξ ゚ー゚)ξ「そしてしばらくしてあなたが帰ってきた。嬉しくてしょうがなかった。
       あなたとこの家を建てて、働いて、山の上の草原で情けないプロポーズをされた。
       幸せだった。こんなあたしにはもったいないくらいの幸福だった」

話を再開したツン。彼女の顔から涙は引いていた。
こちらに向かって笑いかけてくる彼女を直視することがかなわなくて、内藤は顔をしかめる。

ξ ゚ー゚)ξ「そして一ヶ月前、あたしは倒れた。それっきり足腰が立たなくなった。
       そのときにあなたの言葉がよぎって、思ったの。ああ、当然の報いだなって。
       これでやっと、パパやママ、あなたのお母さん、友達、被爆者のみんなに
       あたしは償うことが出来るんだって」

( ;ω;)「違うお! 償うのは僕だお!!」


うつむけた顔を上げ、叫びながら内藤は立ち上がる。
握り締めた拳は所在無く震えている。その怒りの対象は他でもない内藤自身だった。
子供のように涙と鼻水を垂れ流し、破顔した表情で内藤は訴える。

( ;ω;)「僕が未来を教えたから君はそんなに苦しんでいるんだお!
       その原因を作ったのは僕だお! 
       君にも、君のパパやママ、友達、僕のかーちゃん、他の被爆者のみんなにも、
       償わなければならないのは僕なんだお!!」

再びへたり込み、拳をひざの上で握り締め、うつむけて泣き続ける。
自分の存在そのものが憎くて、どうやって償えばいいのかわからなくて、内藤はただただ泣き続けた。


ξ ゚ー゚)ξ「ねぇ、ブーン? あたしが死ぬのはいつ?」

ツンの柔らかな声が耳をなでる。
つながりの良くわからない言葉に一瞬戸惑いつつ、内藤は言葉を返す。

( ;ω;)「今は……いつだお?」

ξ ゚ー゚)ξ「一九五〇年八月二十一日よ」

( ;ω;)「それなら明日だお。……君が死ぬのは八月二十二日だお」

ξ ゚ー゚)ξ「そっかぁ……あたし、明日死んじゃうのかぁ」

虚空を見つめて微笑むツン。
そこで内藤は一つの違和感に気づいた。ツンの容態だ。

はじめの人生でツンは、今の時点で起き上がることはおろか、話すことさえも出来なかった。
髪の毛は抜け落ち、口からはよだれを垂れ流し、目は見えなくなっていた。常に苦悶の表情だった。

それが今はどうだろう。起き上がり、笑い、さらには内藤に向けて怒鳴りさえもした。
明日死ぬような人間にはとても見えない。

もしかしたらツンは助かるのかもしれない。過去は変わっているのかもしれない。
内藤の心にわずかな希望の日が差し込んだ。

しかし、次の彼女の言葉に、彼の淡い希望は簡単に吹き飛ばされた。


ξ ゚ー゚)ξ「ねぇ、ブーン。お願いがあるの」

( ;ω;)「お? なんだお? 僕に出来ることなら何だってするお!」


ξ ゚ー゚)ξ「あたしを殺して」


まるで『おはよう』のように自然に発せられた言葉。
呆然とする内藤の答えを待たず、ツンは続ける。


ξ ゚ー゚)ξ「あなたの手であたしを殺してほしいの。
       それならあたしは、みんなに死んで償うことが出来るし、納得して死ねる」


(;゚ω゚)「……」

一瞬我が耳を疑った内藤だったが、すぐに納得した。

ああ、こういうことか。
ここで自分がツンを殺せば、結局未来は変わらない。

ここで自分が拒むという選択肢もありえる。しかし、拒めるわけが無かった。

ここで自分が殺さなくてもツンは死ぬ。
それも苦しみぬいた末の悲惨な死だ。

そんな地獄の苦しみを経験させるくらいなら、
ここで自分が殺してやる方が彼女にとって幾分かは幸せだろう。

これが時の可逆性か。
見事なものだ。勝てるわけがない。

内藤は涙をぬぐい、大きく嘆息して、言った。

( ^ω^)「……わかったお。僕が君を、殺してあげるお」


ξ ゚ー゚)ξ「……ありがとう」

愛しているからこそ、自らの手で殺す。
これも一つの愛情表現なのかもしれない。

それで彼女が喜んでくれるのなら、人殺しの業も甘んじて背負おう。
新たな時の筋書きにも従ってやろう。

立ち上がり、台所へと足を運ぶ。そこから包丁を取り出し、目の前に掲げる。

まさかここで戦争に教えられた人の殺し方を活かせるとは思わなかった。
人生、いつどこで何が役立つものかわかったものじゃない。

内藤は刃先を布でくるむと、床に伏すツンへと振り向いた。

( ^ω^)「ただし、一つだけ条件があるお」

ξ ゚⊿゚)ξ「……何?」

( ^ω^)「最後に二人で朝焼けを見るお。その後で、僕は君を殺すお」

ξ ゚ー゚)ξ「……あんた、ホントに馬鹿ね」


『馬鹿』
『あんた』


どんな罵倒の言葉もがさつな言葉も、ツンの口から出ると心地よく聞こえるから不思議だ。
互いにクスクスと笑いあう。半世紀ぶりに過ごす幸せなひと時。
まるでピクニックにでも行くかのように、楽しげにツンは行き先を指定する。

ξ ゚ー゚)ξ「それならあそこにしましょう。あんたがあたしにプロポーズした山の上の草原。
       あそこなら町全体を見下ろしながら朝焼けを見れるわ」

(;^ω^)「暗い山道を、ツンを担いで登んなきゃなんないのかお?」

ξ ゚ー゚)ξ「あったりまえじゃない!」

( ^ω^)「まったく……そういうわがままなところは子供の頃のまんまだおwwwwwwww」

二人の笑いが、二人の家にこだまする。

夫婦はそのときだけはつらい過去を忘れ、子供の頃のような顔をして笑っていた。


                        *

从;'ー'从「あ、あの~」

( ^ω^)「お? 渡辺さんかお?」

突然、玄関の扉が開いた。
入ってきたのは渡辺さんだった。

彼女は氷の入った袋を抱えている。
しかし、その氷はほとんど溶けてしまっていた。

从;'ー'从「ごめんなさい……
       本当はもっと前に着いてたんだけど、二人が怒鳴りあってるのが聞こえちゃって~……
       殺すとか言ってたから怖くて入れなくて~……買ってきた氷も溶けちゃって~……」

おどおどと語る渡辺さんの視線は焦点が合っていなかった。

確かに知人の家から怒鳴り声が聞こえ、
仕舞いには殺すだの聞こえた日にはおびえるのも無理は無い。

ツンが笑って答える。


ξ ゚ー゚)ξ「ごめんなさいね。こいつが馬鹿なことを言うからついね」

(;^ω^)「そ、そうなんだお。いや~、ツンにはすまんことしたお」

ξ ゚ー゚)ξ「そうよ! ひざまずいて謝りなさい!!」

( ^ω^)「へへ~!!」

まるでコントのような掛け合いを見せる二人を見て、
渡辺さんは安心したのか、ケタケタと笑い声をあげる。

从'ー'从「なんだ~、本当にびっくりしましたよ~」

( ^ω^)「いやはや、心配させてすまんこだお」

从'ー'从「ホント、二人は仲がいいんですね~。うらやましいです~。
      お邪魔しちゃ悪いから、私、帰りますね~」

( ^ω^)「おっおっお。気を使わせて悪いお。気をつけて帰ってくれお」

内藤は玄関の扉を開けたまま押さえる。
外にはいつの間にか夜の帳が下りていた。

渡辺さんはそのまま外へと出て、一礼すると背を向けて離れていく。


闇の中へと消えて行く渡辺さん。
遠ざかる大切な友達の背中を、最後にツンは呼び止めた。


ξ ゚ー゚)ξ「渡辺さん」

从'ー'从「はい?」

ξ ゚ー゚)ξ「本当に……ありがとうね」


渡辺さんはよくわからないといった表情で首をかしげると、
再び二人に向けてお辞儀した。そしてまた、遠ざかっていく。

闇に溶けていく彼女の背中を、ブーンとツンはいつまでも眺めていた。


                       *

それから二人は話をした。
子供の頃の話。内藤の知らないこの『時』の中での内藤とツンの生活。
しかしお互いのつらい過去の話、そして内藤の未来の話は申し合わせたかのように一切しなかった。

言葉で表せばそれだけのこと。それなのに、二人は時を忘れて盛り上がった。

病魔に侵されているはずのツンも、このときばかりは気味が悪いまでに元気で、
立ち上がることこそかなわなかったけれど、声を上げて笑っていた。
これでこそツンだ。話の間中、内藤はずっと微笑んでいた。

やがて時計は十二時を回り、ツンの命日である八月二十二日が訪れた。
それから二時間が経って、ツンは気負うことなく、自然に言った。

ξ ゚ー゚)ξ「じゃあ、行こっか」

( ^ω^)「……おk」

立ち上がって、狭い部屋の隅に重ねてある数少ない衣類の元へと足を運ぶ。

最も動きやすい作業着のツナギに身を包み、刃を布で包んだ包丁を腹とベルトの間に挟んだ。
使い古しの懐中時計もポケットの中に入れた。
造船所で使っている電球のついたヘルメットをかぶり、夜の闇に備えた。


『最後くらいおしゃれして死にたい』

顔を赤らめながらつぶやくツンを着替えさせて、背負った。
裸にしたとき、彼女のやせ細った身体を見て泣きそうになるのを、内藤は何とかこらえた。
むき出しの裸電球の明かりを消し、玄関の扉を開ける。

夏は夜。

昔、学生の頃にそんな言葉を学んだ気がする。
薄着では少し冷える涼やかな夏夜の空気は、その言葉の通り、妙にすがすがしかった。

目的地の山の上の草原は、昼間なら歩いて一時間もかからない。
しかし、今は深夜だ。おまけに内藤はツンを背負っている。
登山道もけもの道にちかく、かなりの余裕を持って深夜の二時に出た。

日の出までおよそ三時間半。
力に満ちている二十代の身体。背負うのは悲しいまでに軽いツンの細身。
間に合わないはずがないと、内藤は確信した。

登山道の入り口へと足を運ぶ。りんりんと鳴く夏虫の声が耳に優しい。

途中、誰かに会うんじゃないかと心配したりもしたが、
草木も眠る丑三つ時に町中を歩き回る変人は自分たちのほかにはいなかった。

ξ ゚⊿゚)ξ「夜の山って不気味ね」

(;^ω^)「……おお」

登山道を前にして、内藤は一瞬立ち止まった。
山中は恐ろしいまでに深い闇。この中を、ツンを落とさないでちゃんと登っていけるのだろうか?

ヘルメットに備え付けられた電球のスイッチを入れる。
山の中を照らす思った以上に力強いその光に、内藤は少しだけほっとして一歩を踏み出した。


ゆっくり、慎重に歩を進める。

それでも何度か転びそうになり、そのつど背負ったツンの身体が大きく揺れる。
何が何でもツンだけは落とすまいと、己の両足に最大限の力を込める。

暗闇で、デコボコで、さらに傾斜のついた山道は、予想を大幅に超えた疲労を内藤にもたらした。

思った以上に肌寒い夜の山でも、すぐに息が切れる。汗が噴出す。
立ち止まり、息を整える。一度だけ座り込み、ツンを膝の上に乗せて休憩した。

(;^ω^)「はぁ……はぁ……」

ξ ゚⊿゚)ξ「大丈夫? 息遣いがエロいわよ?」

(;^ω^)「大丈夫だお! これくらい、今までの人生に比べれば屁みたいなもんだお!」

気合を入れて立ち上がると、内藤はツンを背負い再び夜道の登山に挑む。

しかし、一歩踏みしめるたびに身体が大きく揺れる。
そのたびに内藤だけでなく、ツンの身体にもダメージがいく。

慎重に、少しずつ、だけど着実に前へ進んでいく内藤の背中の上で、ツンは静かに微笑んでいた。


ξ ゚ー゚)ξ「子供の頃はいつもあたしに泣かされていたくせに、あんたも強くなったわね。
       覚えてる? あたしがあんたにスクリューパイルドライバーをかましたときのこと?」

(;^ω^)「……そんなこともあったおねぇ」

ξ ゚ー゚)ξ「……あたしがいなくなっても、あんたはずっと生きてきたんだよね」

(;^ω^)「んぁ……そうだお。ツンが死んでから五十年以上生きてきたお」

ξ ゚ー゚)ξ「……それじゃあ、あんたも強くなるわけだ」


感慨深げにつぶやくツン。
その声は、心なしか先ほどより弱弱しく聞こえた。

『大丈夫かお』と声をかけようとした内藤に先んじて、ツンが再び口を開く。


ξ ゚⊿゚)ξ「ねぇ? あんたは死んで、今、人生をやり直しているのよね?」

(;^ω^)「そうだお。それがどうしたお?」

ξ ゚ー゚)ξ「話してほしいな。あたしが死んで、あんたがそれからどんな人生を歩んだのか。
       どうして今、あんたはやり直しをしているのか」

(;^ω^)「……それはもしかして、冥土の土産のつもりかお?」

ξ ゚ー゚)ξ「ん? あんたにしては気の利いたこと言うわね。
       そうよ。冥土の土産に教えなさい」

冥土の土産。決して手渡したくない土産だと、心の中で苦笑した。

しかし、どうせこれが最期だ。
彼女が望むなら、手渡さないわけにはいかないだろう。

ヘルメットの光と過去の登山の記憶を頼りにゆっくりと山道を掻き分けながら、
内藤はポツリポツリと自分の過去を、そして、ツンにとっての未来を語り始めた。



ツンの死に様のこと。
自分の絶望のこと。

故郷を捨てたこと。
ツンの墓には一度も訪れていないこと。

流れ着いた東京での生活のこと。
麗羅のこと。

そして、彼女も失ったこと。

世界が嫌になり、いつの間にかホームレスになっていたこと。
それからもしぶとく生きながらえ、最後は通り魔に殺されたこと。
死に際に見た、二匹の白猫の母子のこと。

時の狭間のこと。
しょぼくれたバーテンのこと。
四つの後悔のこと。

ツンの前に現れて、彼女に未来を告げた時のこと。
ドクオを助けられなかったこと。
そらに真実を告げたこと。

そして、四つ目の後悔のこと。



話は途切れ途切れで、時には前後したりもした。
それでも彼女は静かに聞いてくれた。

話も終わって、しばらく歩いた。
その間、ツンは何も言わなかった。

立ち止まり、周囲を電球で照らし現在地を確認する。

道のりはようやく半分を過ぎたようだ。
携帯していた懐中時計に目をやれば、時刻は三時半を回っている。
日の出まであと二時間あるかないか。なんとか間に合いそうだ。

そして何度目かの気合を入れて足を踏み出したとき、
背中から弱弱しい彼女の声が聞こえた。

ξ ゚ ‐゚)ξ「……すごくつらい人生だったね」

(;^ω^)「……そうだおね。時の番人にも、僕の人生は不幸だって言われたお」

ξ ;‐;)ξ「……ごめんね」



驚いて立ち止まった。
背負った彼女の手が、内藤の身体をギュッと締め付けていた。

きっと彼女は思いっきり抱きしめているつもりなのだろう。
それなのに、彼女の腕の力はあまりにも弱弱しい。

ξ ;‐;)ξ「先に死んじゃってごめんね。支えてあげられなくてごめんね。
       一人で死なせて、本当にごめんね」

(  ω )「……いいんだお。それが僕の人生だったんだお」

少しだけ歩いて、また立ち止まった。
見上げたわずかな木々の隙間からは、下弦の月が二人を照らしていた。

これから徐々に欠けていき新月として姿を消すそれは、まるで背中に担いだツンの命のようだ。

背中越しに感じる彼女の体温。
それは生きている人間のものとは思えないほどに冷たい。


(  ω )「はじめの人生でドクオを見殺しにしたお。
      そらさんに真実を告げることが出来なかったお。
      苦しみもだえる君を前にして何も出来なかったお。
      最後の希望だった麗羅を死なせて、自分だけがおめおめと生き延びたお。
      つらい人生は、誰も幸せにすることが出来なかった僕に対する当然の報いだお」

見上げた月は雲に隠れて見えなくなった。
同時に頭上の電球が幾度か点滅し、光が消える。

完全なる黒の世界。

先の見えない暗闇は自分の人生そのものだ。
心の中で皮肉って苦笑した。

それを、温かな言葉が覆した。


ξ ゚ー゚)ξ「それなら、これからのブーンの人生は安泰だね」


(;^ω^)「お?」

つながりの見えない言葉に首だけを振り返らせる。
背中にしょったツンの顔が至近距離に見えて、なぜかその顔は笑っていた。


ξ ゚ー゚)ξ「だってあたし、今すごく幸せだもん。
       きっと、世界中の誰よりも幸せだよ?」

そう言い切る彼女のささやきに、先ほどまでの弱弱しさは欠片も感じられない。
耳元でささやかれる彼女の声が、言葉の内容が、内藤の耳にこそばゆかった。

ξ ゚ー゚)ξ「これまでの歴史の中で、
       いったいどれだけの人が生まれて死んだんだろうね? 想像も出来ないよ。
       そんな想像も出来ない数の人の中であたしたちは出会って、夫婦になった。
       そして、あなたはあたしを想ってこうやって過去に戻ってやり直しをしてくれている。
       こんな幸せを味わえる人なんて、あたしの他にはいないよ?」

八十年近くの時を過ごして、死んで、やり直した。
それほどまでに長い年月を過ごしていてなお、聞いたことの無い言葉が耳元でささやかれている。

こんなとき、どんな顔をすればいいんだろう? 戸惑う内藤に向けて、ツンはさらにささやく。


ξ ゚ー゚)ξ「ねぇ、ブーン。帰ろう? 
       あたしはあなたの想いに答える。頑張って病気を治して、
       あなた支えて、あなたが死ぬのを見届けてあげる。
       だからさ、あたし達の家に帰ろうよ」


呆然とする内藤。
こんなに温かで胸に響く言葉を、自分はこれまで聞いたことが無い。

彼女の冷たい手のひらが内藤の頬をなでる。
夜の山登りで疲れ果てた身体が一瞬の内に癒されてゆくのを彼は感じた。

馬鹿みたいにぽかんと口を開ける中、
知らず知らずの内に、内藤の目からはしずくが流れ落ちていた。


ξ ゚ー゚)ξ「降ろして」

耳元から直接伝えられるツンの声。
呆然とした頭がその意味を理解したとき、内藤は力強く否定していた。

( ;ω;)「……だ、だめだお! 降ろすわけにはいかないお!!」

ξ ゚⊿゚)ξ「いいから降ろして!」

( ;ω;)「あうあう……」

背負ったツンの顔を見つめて、たじろいだ。
これから死ぬ人間とは思えないほどに力強い瞳。

つくづく自分は意志の弱い人間だ。
自分を情けなく思いながら、内藤は彼女の言葉どおり腰を下ろす。

ツンが骨と皮だけの両足を地面につける。カクンと膝が折れて倒れこみそうになる。

それを内藤は、彼女の手を取って支えた。


かろうじてツンは踏みとどまった。

そのまま生まれたての小鹿のように足をブルブルと震わせながら、ゆっくりと膝を伸ばしてゆく。
徐々に内藤の目線の高さへと近づいてくる彼女の顔が、双眸が、内藤の瞳をしっかりととらえる。

膝が完全に伸びきった。
それと同時に彼女は支える内藤から手を離し、自分ひとりの力で立ち上がる。


ξ;゚ー゚)ξ「……ほら、あたしは立てるよ? 
       はじめのあなたの人生で、今のあたしは立てなかったんでしょ?
       だけど、今のあたしは立ってるよ?」


そして両手を広げ、力強く内藤に語りかける。


ξ ゚ー゚)ξ「ね? 過去は変わったんだよ! だから未来も絶対に変わるよ!!
       だから帰ろう? 帰って、一緒に償おう? 一緒に未来を創ろう?」



( ;ω;)「おお……おお!」


声にならない声を上げながら、内藤は立ち上がった彼女の姿をにじむ視界に焼き付けた。
それと同時に隠れた月が現れ、己の二本の足で立つツンの姿をありありと照らす。

消えていくはずの下弦の月はこんなにも明るかったのか。
死の間際の人間はこれほどまでに力を出せるのか。

月明かりの下、両手を広げ微笑みかける彼女の姿は、まるで聖母マリアの再来だ。

それだけで救われる気がした。
それだけですべての後悔が消え去る気がした。

これまで背負ってきたあらゆる業が赦されたような気がした。


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生涯最高の感動に身を震わせていると、
目の前に立っていたツンが膝を折り、内藤の胸元へと倒れこんでくる。

ξ;゚ー゚)ξ「あはは……久しぶりに立って……ちょっと疲れちゃったよ……」

( ;ω;)「よく頑張ったお……ツンは本当にすごいお!!」

ξ;゚ー゚)ξ「……当たり前でしょ? これからあたしが……あんたを支えるんだから……」

枯れ木のように細い彼女の体を支えて、抱いた。
冷たい。ただそれだけを思った。

ξ ゚ー゚)ξ「あたし……ちょっと眠るね……。家に着いたら……起こしてね……」

(  ω )「……お」

か細い、途切れ途切れの彼女の声。
かすかな息遣いが内藤の肌をなで、消えた。
また、月が雲に隠れた。再び訪れた暗闇は、今の彼にどう映ったのだろうか?


(  ω )「……起こすお。いつかまた……必ず起こすお」


それだけを残してツンを背負うと、内藤は暗闇の向こう側へと歩き出した。


                   *

東の空が朝焼けに染まる。

闇に慣れた瞳孔が視覚に伝わる光の量を調節すると、
内藤の視界が映し出すのは紺碧の色をした空だった。

苦労して登りきった末にたどり着いた草原。

その真ん中に聳え立つまるで何かの墓標のような岩を背もたれに、
内藤はツンの身体を前に抱いて、青々と茂る野草の上に腰掛けていた。

草原を渡る風は朝の匂いを含んでいて、涼やかだった。

朝焼けに視線を移し、前に抱いたツンに向かって語りかける。


( ^ω^)「ツン、見てみるお。綺麗な朝焼けだお?」

だけどツンは幸せそうな寝顔のままで、何も答えることは無い。
すっかり冷たくなってしまった彼女の身体を抱き、内藤は亡骸に話しかける。

( ^ω^)「最後に君とこの朝焼けを見たかったけど、それは贅沢ってもんだお。
      君が最後に僕のために立ち上がってくれただけで、僕は十分に幸せだったお」

やがて太陽は南の方へと確実に登り始め、世界に朝が訪れた。
それでも内藤は立ち上がろうとせず、前に抱いた亡骸とともに空を見上げ続けていた。


一機の飛行機が青のキャンパスに白い糸を引き、空を渡る。


青空に線を引く飛行機雲の白さは、ずっとどこまでもずっと続いていく。
それはまるで明日を知っているかのように、ただひたすらに、まっすぐに伸びてゆく。


( ^ω^)「……さて、僕も明日に行くお」

つぶやいて立ち上がろうとしたとき、腹の辺りに違和感を覚えた。

取り出してみると、それは結局使われることの無かった包丁。
刃に包んでいた布を取り、朝日をまとわせる刀身を見つめる。

それを片手に立ち上がると、抱いていた亡骸を草原に横たわらせ、刀身を軽く動かした。

音も無く数髪の遺髪が亡骸から分離される。
地面に落ちたそれを、内藤は静かに手に取った。

太陽の日を受けても輝くことの無い、枯れた栗色の髪。

それなのにそれを美しいと感じてしまうのは、
きっとそれが、自分が生涯愛し続けた人の一部だったからなのだろう。

遺髪を片手に歩き出すと、内藤は草原の主たる岩の前で立ち止まった。
その下の土を掘り起こし、そこに遺髪を置いて、再び土を盛る。

( ^ω^)「ツン、君の身体は約束どおり僕たちの家に連れて帰るお。
      だけど、この岩の下が君の本当のお墓だお。
      春には花が咲いて、夏には草木が茂って、毎年君を弔ってくれるお。
      ここを通りかかった登山客がこの岩を見て一礼してくれるかもしれないお。
      だからきっと、寂しくなんかないお」

そうつぶやき、手を合わせて岩に向け一礼すると、
内藤は亡骸を背負い、もと来た道を下っていった。



内藤が草原を去ってどれくらいの時がたったのだろうか?

けもの道同然だった山道はいつしか整備され、
大人だけでなくたくさんの子供たちが草原を訪れるようになった。

そして、ある冬の日。
一人の中年男性が草原を訪れた。

彼は岩の前で一礼すると、それを背もたれにして眠った。
日が西に傾き始めた頃に起き上がり、
どこかに電話をかけ、もう一度岩に一礼して草原を去っていった。


だけど、それはずっとずっと先の話。
内藤が死んだ後の、未来の出来事。


                     *

亡骸とともに山道を下り始めてしばらくのこと。
突如、内藤の視界にわずかばかりのノイズが走った。

不審に思い立ち止まる。

( ^ω^)「……気のせいかお?」

目をしばたかせて確認したが、やはり視界に異変は無い。
『疲れているのだろう』と思い、再び歩き出そうとしたそのときだった。


(;゚ω゚)「!?」


内藤の視界は、まるでテレビの電源を切った時のように突然、プツリと途切れた。


                     *

身体を包み込むのはどこまでも黒い世界。
月と星の無い夜空のような世界に、内藤はいた。

( ^ω^)「……ここはどこなんだお?」

そうつぶやいたつもりだったが、自分の唇が動いた感じがしない。
唇だけでなく、あご、のど、肺、その他身体のあらゆる部位の動作が感じられない。

というより、自分の身体そのものの存在が内藤には感じ取ることが出来なかった。

まるで自分の身体が、意識が、自分を包みこむ暗闇に溶けてしまったかのようだ。
こんな芸当を成し遂げてしまう存在は一つしかいない。

( ^ω^)「時の番人かお……あいつ、今度は何をするつもりなんだお?」

記憶をたどり、心当たりを探す。一つだけ思い当たる節があった。


『こちらも「輪廻の番人」に無理を言ってあなたをここへ招待しているのです。
 輪廻の番人はせっかちなんですよ。正直、あなたにはあまり時間がありません』


( ^ω^)「……僕には時間が無い」

それなのに自分をこんな暗闇の中に放り込んで、時の番人はいったい何をしようとしているのか?
そんな疑問が頭の中をよぎるが、次に現れた光景にそれはすぐに吹き飛んだ。

内藤の視界を、灰色の砂嵐が埋めつくす。
まるでテレビだなと思ったのもつかの間、砂嵐に混じってある風景が広がる。

( ^ω^)「……ツンのお葬式かお」

空から見下ろしているかのような視界の中に、
寺と、参列する数人の人と、ツンが眠っているであろう棺が見える。

その中に、内藤は自分の姿を見た。

自分の視界の中に自分の姿を見るのは妙な感じではあったが、
目の前の自分が自分でないことを、内藤は直感的に理解していた。


( ^ω^)「……きっとあの僕は、この『時』の中の僕なんだお」

『具体的には、ある「時」の内藤ホライゾンの身体にあなたの意識を移します。
その際、その「時」に存在する本来の内藤ホライゾンの意識はこちらで保護します。
あなたがことをなした後、彼にその記憶を植えつけてその「時」の流れへと戻します』

かつて番人はそう言った。
つまり、視界の中に映る自分は、内藤が成したやり直しの記憶を植え付けられたこの『時』の自分。

きっと時の番人は、これを見せるために自分の意識をこんなところへ連れてきたのだろう。
でも、それはいったいなぜ?

疑問のまなこで見据える内藤の視線の先で、
この『時』のは、意外なまでにサバサバとした表情をしていた。

最愛の妻の葬式だというのに、彼は涙をひと欠片も見せてはいない。

( ^ω^)「……やっぱり、これでよかったんだお。君もそう思ってるんだお?」

視界の中の自分に語りかける内藤。
驚いたことに、その彼はコクリと頷いて見せた。

内藤の声が彼に聞こえているはずがない。だからそれはまったくの偶然だろう。

そんなことはわかっていた。
それなのになぜか、内藤は自分が自分に認められた気がした。

( ^ω^)「……ありがとう。これで僕は、最期のやり直しに全力を出すことが出来るお」

鳥の高さから眺める形の視界の中で、彼はこちらを向いて微笑んでいた。
彼の視界の先に自分の姿があるはず無いことなどわかっている。

きっと彼は、空を見上げているのだろう。
妻との最期の別れの中で、彼の見上げる空はいったいどんな色をしているのだろうか?

葬式に似つかわしいどんよりとした曇り空の灰色?
皆の悲しみを代弁するかのような雨空の涙色?

それとも、夏の終わりを惜しむかのような、高い高い夏空の蒼色?


そしてまた、視界は途切れた。世界は再びの闇。

少しだけ眠ろう。
眠って、最期のやり直しに持てる力のすべてを出し切ろう。

( -ω-)「……ありがとう、時の番人。いいものを見せてもらったお」

そうつぶやいた内藤を、まどろみが襲う。
ゆっくりと、ゆっくりと、意識が眠りの底に沈んでいく。

そして意識が眠りの底にたどり着こうとしたその時、
世界はまた、懐かしい風景に包まれた。


                     *

( -ω-)「……んぁ。ここはどこ? 僕は誰だお?」

意識はまだぼんやりとしている。

寝ぼけ眼が捉えるのは、故郷の町の駅前の風景。
駅の建物の入り口にかけられている巨大な時計に目をやると、時刻は朝の六時を指している。

( ^ω^)「……あれ、僕は眠っていたはずじゃ」

そこで、意識がはっきりと目覚める。
暗闇の中、眠りの一番心地よいところでたたき起こされた自分。

起こしたのは、間違いなくあいつ。

( `ω´)「むかつくお! あとで一発殴ってやるお!」

先ほど感謝したことなど忘れ、内藤は時の番人に向けて怒りの念を覚えた。

それにしても、なぜ時の番人は
自分を時の狭間で無く、再びの過去に立たせたのだろうか?

冷静になって自分の姿を確認する。

かつてツンが選んでくれた余所行き用の安っぽい一張羅を着込み、
手に持っているのは大きな手提げバック一つ。

中に入っているのはわずかばかりの衣類とツンの位牌。
そして、たった一度だけ二人で映った、結婚式の時の写真。

( ^ω^)「……そうだったお。僕はこれから、この町を出るんだお」

自分の置かれた状況を把握した内藤。
でも、今は過去とは少しだけ状況が違う。

かつての自分は、失意のまま、どこへ行くのかもわからずに故郷を捨てた。

しかし、今の自分には目的地がある。次にするべきことがある。
踏み出す足にも力を込められる。見据えるまなこにも未来が映っている。

( ^ω^)「……やっぱり過去は変わっているんだお」

結果は変わらず。されど、過程は変わっている。
過去は確実に変わり始めている。あとは結果を変えるだけだ。

そして、内藤にはその自信があった。
方法はある。そのための承諾も、暗闇の世界で対面した自分から得た。

( ^ω^)「……さあ、行くお!」

( `ω´)ノ「ホライゾ~ン……ファイア―――――――!!」

そう叫び、駅の構内へ向けて走り出そうと一歩踏み出したそのときだった。


「内藤さん!」


人もまばらな早朝の駅に、内藤を呼ぶ声が響いた。


思いっきり踏みしめた一歩が、突如後ろからかけられた声に驚いてすべる。
そのまま内藤は地面に大きく尻餅をついてしまう。

(;^ω^)「あいたたた……お尻が痛気持ちいいお……」

从;'ー'从「だ、大丈夫ですか~?」

尻をさすりながら立ち上がる内藤に向けて、渡辺さんが急いで駆け寄ってくる。

从;'ー'从「ご、ごめんなさ~い! 私が急に声かけちゃったせいで……
       ば、絆創膏あるから、お尻につけますね~! ぬ、脱いでくださ~い!」

(;^ω^)ノ「そ、そうはいかんざき!
       僕のお尻は大丈夫だお! だから気にしないでくれお!」

从'ー'从「そ、そうですか~。残念です~」

いったい何が残念なんだろう?
釈然としない感じを覚えたが、とりあえず内藤は尋ねるべきことを彼女に尋ねる。

( ^ω^)「それよりこんな朝早くにどうしたんだお? 見送りに来てくれたのかお?」


从'ー'从「い、いえ……その……」

内藤の言葉で、渡辺さんの表情が一気に真剣なものに変わる。
豹変した彼女のその表情に、内藤はすぐに意識を引き締めた。

从'ー'从「い……行っちゃうんですか~?」

渡辺さんは顔をうつむけ、モジモジとしながらつぶやく。

从'ー'从「やっぱり……ツンさんが死んじゃったからですか~?」

赤らんだ顔をあげ、渡辺さんの双眸が内藤の瞳を捉える。
十代半ばの渡辺さん。しかし、その瞳と表情は覚悟を決めた女性特有の力強さを含んでいた。

从'ー'从「わ、私はツンさんみたいに強くないし……ツンさんの代わりにはなれません~。
      だけど……だけど私は~……」


( ^ω^)「……ありがとうだお」

何かを言いかけた渡辺さんを、内藤は言葉で制した。

その先に彼女が何を言おうとしているのか、それくらい自分にもわかっていた。
告白されて、断って、それでも自分に関わり続けてくれた渡辺さんだ。
いくら鈍感な自分にだって、彼女が言わんとしている言葉くらい容易に想像がつく。

だけど、自分はそれに答えられない。
それがどんなにありがたい言葉であっても、自分にはしなければならないことがあるのだ。

だからせめてもの礼儀として、彼女にその続きを口にさせてはいけない。
その代わりとして、内藤が口を開く。

( ^ω^)「本当にありがとうだお。渡辺さん、僕は君のことが好きだお。
       だけど、やっぱり僕はツンのことが一番好きなんだお。
       だから、君の想いには答えられないお」

从'ー'从「に、二番目だってかまいません~! ツンさんのことは私だって大好きです! 
      だからツンさんにかなわないことくらい私だってわかってる! だけど、だけど~……」

( ^ω^)「もう……それだけで十分だお」

顔を赤らめ、目に涙を浮かべながら訴えかけてくる渡辺さんの頭上に、内藤はポンと手を置いた。


はじめの人生でも、内藤は彼女に見送られた。

そのときは失意のあまり、彼女にほとんど何も返せなかった。
そのときの内藤の心中を察していたのか、渡辺さんもただ一言を口にしただけ。

しかし、今、内藤はそのときの渡辺さんの本当の目的を知ることが出来た。
彼女の想いを知ることが出来た。そして、自分の想いも伝えることが出来た。

やはり過去は変わっている。だから、未来だって変えられる。
目の前の彼女にその可能性を見て、内藤はニッコリと微笑む。

( ^ω^)「渡辺さん、君は本当にいい子だお。
       そんな君に、僕なんか勿体無いお。君にはもっと素敵な男が似合うお。
       だからもう、僕やツンのことなんか気にかける必要はないんだお。
       君は、君のしあわせを追いかけてくれお」

目の前の渡辺さんの目じりに水滴がたまっていくのがはっきりと見えた。
これ以上彼女の姿を見てしまうと自分も泣いてしまいそうだ。

内藤は渡辺に背を向け、最後に言った。

( ^ω^)「君のおかげで、僕はこの町に何の未練も残すことなく先に進むことが出来るお。
       本当にありがとうだお。どうか……しあわせになってくれお」


右足を踏み出した。続いて左足を前に出す。
コツリコツリと床を踏みしめる音がした。

その中に渡辺さんの嗚咽の声が混じって、遠ざかっていく。
内藤は唇を噛み締め、自分も泣いてしまうのをなんとかこらえる。

そして背中から、はじめの人生で唯一彼女にかけられた言葉が聞こえた。


从;ー;从「あなたは……これからどこへ行くの~?」


はじめの人生で、自分はいったいどんな言葉を返したのだろうか? 
思い出せない。

だけど、今、言うべきことは決まっていた。
内藤は最後の最後に振り返り、笑って返した。


( ^ω^)「僕は、未来を創りに行くんだお」

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わけのわからない言葉に釈然としないのだろう。
渡辺さんは涙顔を少しだけ傾ける。だけど、それでも言ってくれた。


从;ー;从「……頑張ってください。私、この町でずっと、あなたを待ってます~」


ニッコリと笑う彼女の姿に、内藤は少しだけ後ろ髪を引かれた。
だけど、自分は進まなければならない。自分はここには残れない。

内藤は前を向き直し、改札口の方へ足を踏み出した。
その反動で、目じりにたまっていた水滴がポトリと落ちる。


そして、視界は再び、プツリと途切れた。


                       *

( ^ω^)「……ここはどこ? 僕は誰だお?」

本日何度目かの疑問を口にした内藤。

視界が途切れた後、先ほどのように暗闇の世界を間に置くこともなく、
彼は別の場所へと降り立っていた。

薄暗い町並みと、周囲に点在する街灯の明滅から、今が夜であることは理解した。
では、ここはどこだ? 内藤は振り返り、後ろにそびえるレンガ造りの建物に目をやった。

( ^ω^)「ああ、もうここは東京なのかお」

見上げた建物はまごうことなき日本最大のステーション。
あらゆる人間の人生までも運んでゆく、この国の交わりの要。

そして、自分もその例外となることなく人生をこの土地に運ばれた。
この土地で生まれ故郷で過ごした日々の倍以上を過ごし、そして死ぬのだ。

( ^ω^)「さて、行くかお」

わずかばかりの感傷をすぐに振り払い、内藤は生涯最後の街の中へ、その身を投じた


かつての大空襲で故郷以上に崩壊したこの都市。

しかしその復興の速度は半端ではなく、
駅周辺は故郷など比べ物にならないほどに発展している。

この異常なまでの復興には、いったいどういう秘密があるのだろう?

疑問を頭に思い浮かべながら、
なぜだかわからないが居心地が悪いと感じてしまう街の中をのんびりと進んでいく内藤。

しばらく歩くと、すぐにその疑問のわけを垣間見ることが出来た。

( ^ω^)「ひどいもんだお」

街の中心部から少し離れた場所。
そこは、街中とはうって変わって異臭と暗闇に支配されていた。

故郷にある自分の家以上に粗末な建物が所狭しとひしめき合い、
それさえ建てられない人々は狭い道の片隅で寄り添うようにして寝ている。
あたりには生ゴミや粗大ゴミが散乱しており、
街頭などあるはずもなく、明かりは空に輝く上弦の月のみ。

『傷の町』

漠然と、内藤はそんな言葉を思い浮かべた。

この町が、東京の復興のひとつの要因なのだろう。

急速な復興や成長、発展は必ずどこかにひずみをもたらす。

高校球児の故障しかり。
高度成長期の公害しかり。
そして、この町の路上で眠る人々しかり。

東京は、この町というひずみを生み出したからこそ急速な復興を成し遂げたのだろう。
ゴミ、瓦礫、汚水、そして人間。無残にも捨てられた彼らが過ごす、傷の町。

そして、それさえも内包してさらに巨大になっていくことになるこの都市。

その発展に終わりなど来るのだろうか?
やがてこの都市には欲望だけが渦巻くようになり、人の尊厳すら無くなってしまうのではないのか?

漠然と、そんな気がした。

狭く暗い傷の町を内藤は歩く。

途中、何度か物乞いに声をかけられたが、内藤には何も出来なかった。
与えるものなど何も持っていない。自分にはそんな余裕はないのだ。

それなのに、胸が痛むのはなぜだろう?

下唇を噛み締めながら先へと進む。
そして、線路の高架の下、真っ暗なトンネルの中に足を踏み入れた。

車道のトンネルとは比べ物にならない短さなのに、それでもその中は真っ暗だった。

先に見える外の明かりがなければ永遠にここから出ることが出来ないような気がして、
内藤は少しだけ身震いした。しかし、彼はトンネルの真ん中で立ち止まる。

( ^ω^)「間違いないお。ここだお」

つぶやいてから数分、彼は誰かを待つかのようにそこに立ち尽くしていた。
瞳が闇になれ、視覚がわずかながら周囲の状況を捉えられるようになる。

数人がトンネルの中で寝ていた。
壁面はよくわからない落書きで埋め尽くされていた。

それらを、立ち尽くしながらぼんやり眺めているところで、
内藤はわずかな衝撃に襲われた。


(;^ω^)「あうち!」

腰の辺りに何かがぶつかった。何事かと思い腰の辺りを手でさする。

( ^ω^)「おーのー、財布がないお」

ズボンの尻ポケットに入れておいた財布がなくなっていた。
間違いない。先ほどのわずかな衝撃はスリによるものだったのだ。

はじめの人生で、内藤は涙ちょちょぎれるほどに狼狽した。
そして、死ぬ気でそのスリを追いかけた。

しかし、今の彼はスリの被害に遭ってしまったのを喜んでいるかのように笑っている。

続けて、内藤はトンネルの先に視線を移す。
出口の光により、スリらしき後姿を小さな影として捉えることが出来た。

( ^ω^)「やっと会えたお」

暗闇のトンネルに一言残すと、出口へと消えていった影を追い、内藤は走り出した。


                     *

暗く、入り組んだ狭い路地の中、スリとの壮絶な鬼ごっこが始まった。

タバコも吸わず、造船所という肉体労働に真面目に従事してきた彼にとって、
追いかけっこはさほど苦ではなかった。

それに、走ることは昔から得意だった。
毒舌のツンにも、それだけは唯一褒められていた。

スリの一人や二人、捕まえることなどどうってことない。

そう思っていた時期が、彼にもありました。


路地は迷路のように入り組んでおり、さらにスリはすばしっこかった。
土地勘にもかなり優れているようで、気を抜けばあっという間に見失ってしまいそうだ。

(;゚ω゚)「……これはしんぼうたまらんお!」

秋のにおいを含んだ風が涼しいと思っていた夜だったのに、汗が泉のように吹き出る。

おまけに自分はバックを持っているというハンデ付きだ。
だけど、ツンの位牌と写真が入っているこのバックを捨てるわけには行かない。

月が隠れて、薄暗い町はさらに暗くなった。

しかし、徐々にではあるがスリとの差が詰まってきている。
そしてスリの後姿がはっきりと見える位置関係になったとき、内藤は再び笑った。

(;^ω^)「何十年ぶりかお……懐かしいお」

思った以上に小さいスリの後姿を追いかけながら、内藤は静かに微笑む。
そして目の前を走るスリが右に曲がり、内藤も同じく曲がったそのときだった。

スリが呆然と立ち尽くしていた。

道は、壁に阻まれていた。


( ^ω^)「……追いかけっこはおしまいだお」


投げかけられた内藤の言葉に、スリの小さな後姿がビクリと震える。

内藤は、行き止まりを前に立ち尽くすスリの後姿に向かい、静かに歩を進める。

その気配を察したのか、
スリは胸元に内藤の財布を抱いたまま、恐る恐る振り返る。

同時に内藤の後ろから、隠れていた上弦の月が顔を出した。

振り向いたスリの顔が、はっきりと見えた。


ζ(゚Δ゚*;ζ「……」

小さな、五・六歳くらいの女の子だった。

懐かしい、いとおしいその顔。
はじめの人生で同じように彼女を追い詰めた内藤は、彼女の顔を見て呆然とした。

死んでしまったツンの生き写し。
こんなことが有り得るのかと目の前の光景を疑うほど、彼女の顔は幼い頃のツンにそっくりだった。

過去の情景を胸のうちで懐かしみながら、内藤は静かに彼女へと近づいてゆく。

彼女はおびえた表情を浮かべながら、道をふさぐ壁へと後ずさる。
月明かりを背にした内藤。その表情は、彼女には影にしか映っていないだろう。

おまけに、内藤は彼女が財布を盗んだその本人。
そんな内藤に追い詰められる恐怖は、幼い彼女にとって死の恐怖にも似ていたであろう。

そして彼女の背が壁面へとたどり着いたとき、
彼女は地面に崩れ落ち、震える身体で財布をこちらに差し出しながら、つぶやく。

ζ(;Δ;*ζ「ごめんなさい……許してください……」

(  ω )「……」

内藤は何も答えなかった。いや、答えられなかった。

こんな小さな女の子までもがスリをしている。
それはドクオを助けられず、戦争からも逃げ出して負けた、自分を含めた大人の責任だ。

しかし、内藤の沈黙はそれだけが理由ではなかった。

失意の中で出会い、その後の人生をともにし、失った。
そんな彼女を目の前にしてここで声を出せば、自分は間違いなく泣き崩れてしまう。

震えながら地面に縮こまる彼女の前で、内藤は立ち止まる。
彼女は、いっそう身体の震えを増幅させる。

『怖い思いをさせてごめんお』

心の中で謝りながら、感情を整えるため、大きく息を吸った。
そして静かに、嗚咽が声に混じらないよう意識しながら、内藤は言う。


(  ω )「どうしてこんなことをしたんだお」

ζ(;Δ;*ζ「……ごめんなさい! 許してください!」

(  ω )「お父さんやお母さんはどうしたんだお?」

ζ(;Δ;*ζ「……そんなの……いません」

(  ω )「そうかお」

はじめの人生でも交わした言葉。
彼女に親がいないことを確認した内藤は、心の中でホッとした。

そして、彼女の前にしゃがみこむ。

何事かと、恐る恐る顔を上げた彼女。
その目の前に手を差し出し、内藤は言った。








( ^ω^)「……おいで。僕が君を、守ってあげるお」








ζ(゚Δ゚*ζ「……」

目の前で口にされた言葉の意味がわからないのだろう。
もしくは、『何言ってるんだこのおっさん』と思っているのかもしれない。

彼女は内藤の顔と差し出された手を、丸っこい大きな瞳をさらに丸くしながら交互に見比べる。

それからどれくらいの時間が経ったのだろう?
一瞬のような、悠久のような、そんな不思議な時間。

彼女は恐る恐る、だけどしっかりと、内藤の手を握り返した。

交わされた親子の契約。
その意味が、今の彼女にはわからないだろう。

しかし、内藤はその小さな手のひらを握り締めた。その約束を噛み締めた。

必ず君をしあわせにする。

ドクオ、ツン、そして最後の最後まで自分を想ってくれていた渡辺さん。
彼らの分まで君をしあわせにする。君の未来を、僕は必ず切り開く。


ζ(゚Δ゚*;ζ「い……いたい」

(;^ω^)「お……すまんこだお」

握り締めた彼女の手のひらを慌てて離した。
そして、彼女の腕を取って立ち上がらせる。

( ^ω^)「さあ、行くお」

ζ(゚-゚*ζ「……」

内藤は一歩を踏み出した。
その後を、無言の彼女が慌てて追いかける。

急速な復興の中で生み出された傷の町。
何もかもを失った内藤。親を知らず、何も持たないままに生まれてきた彼女。

そんな二人の出会いには、またとない場所。

社会のひずみを一身に背負う町を歩きながら、内藤は彼女に尋ねる。


( ^ω^)「君の名前は何て言うんだお?」

ζ(゚-゚*ζ「……デレ」

( ^ω^)「……本当の名前は?」

ζ(゚-゚*ζ「……わかんない。みんなには……デレって呼ばれてる」

( ^ω^)「そうかお」

わかっていた答えを聞いて、内藤は立ち止まった。

同時にそのすぐ後ろを歩いていたデレも立ち止まり、
再び怯えの色を瞳に宿らせながら、恐る恐る内藤の顔を見上げる。

そんな彼女の顔に向け、内藤は微笑みながら言った。


( ^ω^)「それじゃあ、君に名前をあげるお」

ζ(゚Δ゚*ζ「なま……え?」

( ^ω^)「そう、名前だお」

内藤は再び彼女の前にしゃがみこみ手を差し出すと、その名前を口にした。




( ^ω^)「君の名前は内藤麗羅。
      内藤ホライゾンと内藤麗子の娘だお」




ζ(゚Δ゚*ζ「ないとう……れいら……」


デレはその名を口にしながら、内藤の顔を不思議そうに見つめる。

何度も何度も反芻するようにつぶやくと、
ずっと差し出されていた内藤の手を取り、笑った。


ζ(゚ー゚*ζ「デレのなまえは、ないとうれいら!」

5_20091226204127.jpg



握り返された内藤麗羅の手。

それはあまりにも小さくて、握り締めれば壊れそうで、それでいて暖かかった。


ニッコリと笑う彼女の姿。
色あせ始めた世界の中で、それだけが鮮やかな色を誇っていた。


やがて、世界が色をなくした。


内藤の意識は、静かに時の流れから離脱した。





この小説は1944年12月某日から2007年3月某日にかけて時の狭間で記録されたものです
作者は78 ◆pSbwFYBhoY 氏
Scene 13 はこちらへどうぞ

記事元はオムライスさんになります



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[ 2009/12/26 20:44 ] ナギ戦記 | TB(0) | CM(0)

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