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重力の下に生まれたこの世界のようです


547 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/16(木) 23:43:26.98 ID:917HsVY40

 僕が職場でこっそり『魔王』と呼称していた上司が解雇されてから二ヶ月が経過した。

 百年に一度と呼ばれる大不況は非常に恐ろしい。
魔王を打ち倒したのだから、世界が違えば勇者とでも呼ばれるのだろうか。

 上司の魔王を解雇するよう、さらに上司の上司たちの思考を弄繰り回した勇者。
それはもはや勇者、いや、魔王どころではない、実体のないこの世の中そのもの、つまり世界なのではないか。

 昨日、魔王に仕事を教えてもらった僕にまでその脅威は襲い掛かってきた。
そして今日、僕はテンプレート通りに公園のブランコに腰掛けていた。

 僕は既婚者ではなく、独身だ。 四半世紀生きてきたが、彼女という存在が出来たことはない。
なので、解雇のことを誰かに隠しているわけでもないし、別に胸に穴が開いたような感覚にもなっていない。
ならばどうしてスーツを着て、いつもと同じ生活リズムで家を出て、現在ブランコの鎖を握り締めているのだろうか。

 自分に問いかけても、答えはない。
ただなんとなく、こうしなくてはいけないような気がしただけだった。

 僕と魔王の居なくなった仕事場の空間に、新しい空気は流れ込んでいるだろうか。
シーソーが空いたので砂場で遊んでいた幼女が駆けて行くさまを見て思う。
砂場には別の子供が集まって、何かを作り始めた。 世界は循環しているのだ。

 少しでも回転率が悪くなり、滞ってしまうと結果は悪い。 丁度今の世の中みたいだ。
連想的に、一人の同僚を思い出した。 何かと屁理屈を並べる人間だったけれど、僕は嫌いじゃなかった。

('A`)「時計が遅れたのだ。 信号が変わらないのだ。 電車が遅れたのだ。 私は常に悪意に囲まれている」

 今は亡き彼のセリフを引用する。
舌を噛み切り、その後に自らの首を包丁で切り裂いた彼は今、どこかの墓地に埋まっているのだろう。



548 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/16(木) 23:46:22.01 ID:917HsVY40

 生きていない、とはどんなモノなんだろうか。

 そんなことを考えているといつの間にか少年少女父親母親の方々は公園内から居なくなっていた。
目の前の景色も、色が違うだけでこんなに印象が変わるのか、と感心して、空を見上げる。
すっかり色は変わっており、昨日の仕事終了時間までブランコに腰掛けて、僕は四畳半の部屋へと帰宅した。


 鶏のけたたましい鳴き声と共に、僕は目を覚ました。

 朝の我々に必要なのは鶏鳴だ。 我らが生命ある所以を確かめるべきだ。
昼の我々に必要なのは挨拶だ。 我らが知恵ある根拠を確かめるべきだ。
夜の我々に必要なのは交尾だ。 我らが動物たる事実を確かめるべきだ。

 上記の言葉に感化されてから、僕は鶏を室内で飼い始めた。
夜以外のモノが僕には揃っていたのだけれど、先日失くしてしまった。
物が散乱しすぎて、クトゥルー神話体系のようなこの四畳半の中でも彼は悠然として自らの生活を続けている。

 昨夜僕は、酷く疲れて帰宅してきたように、スーツ姿のまま就寝してしまった。
どうやら、一日中ブランコに腰掛けているのは中々エネルギーが必要のようだ。
二十歳前から運動不足な僕は冷蔵庫からゆで卵を取り出して塩をかけて口へと運んだ。

 未だにブラウン管のテレビの電源を入れると、ニュースキャスターが口を動かしていた。
そういえば音が出ないんだっけ、と他人事のように思った時、画面下にテロップが流れた。

 要約すると、どうやらベータと言う大人気絶賛連載中作家が
「ごめんベータ逃亡するわ!! そして次回作を投下するよ!!」と自らのブログで公表したらしい。



551 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/16(木) 23:48:04.18 ID:917HsVY40

 それを知って発狂したファンが、作者に向けての脅迫の手紙や文章を送りつける、
などといった過激な行動を起こしていたらしいのだが、とうとう昨夜、死体でベータ作家が発見された、とのことだ。
片腕が鋭利な刃物で切断されていて、死体の横に置手紙が置いてあった、と置手紙の内容文らしき物が画面に映る。

('A`)「誰かに殺される前に俺が殺してやった。 俺は優しい。 ……変な奴」

 どうやら犯人の目撃情報はかなりの数が警察に寄せられているらしく、すぐに捕まるだろうとのことだ。

 僕は昨日とまったく同じ格好で、再び公園へと向かった。
理由はわからないけれど、どこか素晴らしい、と心の片隅で感じてした自分がいた。

 僕は仕事が嫌いではなかったはずだ。 好きでもなかったけれど。
生きるため、生活できるお金を得るため、家族の世間体のために就職したような気がする。
案外何とかなるものだ、と今だからこそ言えるけれど、当時の僕は将来に向けて無何有の不安を抱えたものだ。

*(‘‘)*「公園はあなたの逃げ場じゃない。 憩いの場なんだよ、お兄さん」

 ブランコに座って数分後、幼稚園児程度の年齢であろう幼女に話しかけられた。
やけに大人びた、達観した口調の子供だなぁ、と思ったのだけれど、僕は表情に出さなかった。

('A`)「逃げてるわけじゃないよ、休憩してるんだ」

*(‘‘)*「そう、ならいいけど」

 どこに居たってこの世界からは逃げられないじゃないか、と続ける前に幼女は砂場へと駆けていった。
先に遊んで砂と土を弄っていた男の子二人を蹴り飛ばし、せっせと目の前に砂山を作り始めた。
そこからの幼女の腕前は見事なもので、場所を取られ文句を言おうとした少年たちも声を上げていた。



552 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/16(木) 23:49:25.99 ID:917HsVY40

*(‘‘)*「私でさえ砂の城を築くことができるんだ。 さあ、お兄さんはここから何を築く?」

 完成した目の前の創作物を指差して、幼女は僕のほうへと振り返って言った。

 幼女が作り上げた砂のお城は自らの身の丈にも満たない大きさだったが、
サクラダファミリアだ、と世界的な建造物にあまり詳しくない僕にも容易に判断できるほど、精巧に出来ていた。
二人の少年たちは口を阿呆のように開いて、ただただ見ている。

('A`)「僕には、そんなお城は築けないな」

*(‘‘)*「……」

 僕は思ったままを口にすると、幼女は顔を醜く歪めて砂のサクラダファミリアに蹴りを加えた。
悲鳴にも似た声が男の子二人から吐き出されたが、幼女は蹴り続け、城はただの砂と成り果てた。

*(‘‘)*「人間は成熟するのに何年も要するけれど、人間が壊れるのは一瞬だ。
     人間も建造物なのさ、この意味がわかるかい、お兄さん」

('A`)「……わからないな、ごめんね」

 決して本心から謝っている訳ではない、相槌のように謝罪をする。
僕は表情には微塵も出していないはずだったのだけれど、幼女は僕の心の内を見抜いたらしく、
今にも哀哭してしまいそうな表情になり、少し盛り上がった砂山を蹴り上げて別の遊具へと移動した。

('A`)「僕には、わからないね」



554 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/16(木) 23:51:07.00 ID:917HsVY40

 数時間後、どこかの母親が怒鳴っている声が公園内に響いてきた。 その声はしばらく続いて、やがて止んだ。
数分後に、怒鳴られていたであろう学生服を着た少年が僕の視界内に入った。
僕は現在鏡を持っていないので自らの表情は分からないけれど、少年の表情は酷く僕に似ていた。

 それを見て、まったく未来への希望が見えなかった学生時代を思い出す。
重力、世間体、権力、学力、押さえつけられ、飛び回れないこの世界。
何度この世界を壊してやろうとしたかわからないけれど、僕には実行する勇気がない。

 重苦しく、潰されそうな息苦しい世界の下から僕は逃げ出したかった。
そうして、僕は一つの案を閃いた。 重力の力を使って逃げ出せばいいのではないか。

 この世界にどこまでも続いていく蒼色が大きく広がる上ではなく、
死んだ目をした者が群れを成して歩く雑踏が見える横にでもなく、
僕らがいつも足蹴にしていた灰色の真下に救済の道があったんだ。

('A`)「なんだよ。 簡単じゃないか、僕は死にたかったんだ」

 僕はその結論に達すると居ても立っても居られなくなり、近くの高い建築物へと走る。
天井に遮るもの何一つない屋上まで一度も立ち止まることなくたどり着いて、柵を登った。
切れた息が自分の耳に届く、手に持った鞄を前方に放り投げると、眼下の交差点に向かって落ちていった。

 なんて素晴らしい救済処置なんだ。 夜空に黄色く光る星ではきっとないだろう。
 重力の下に生まれたこの世界に生まれて、本当に良かった。 ああ、なんて優しいのだろうか。

 ああ、重力はこの世界の全てを優しく抱擁していた。
重力の抱擁を受けながら、僕の世界が終わりに近づいてきていることを感覚で察した。

 ぐるぐると循環する車輪の下に抑圧される息苦しい社会。
その地獄と形容するに相応しい現世から、僕は脱出した。


[ 2009/07/17 19:36 ] 総合短編 | TB(0) | CM(0)

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